No.1602 あなたの知らない「桃太郎」 〜爺の秘密〜



  むかーし昔、あるところに、
  おじいさんとおばあさんが住んでいました。
  おじいさんは山へ芝刈りに、
  おばあさんは川へ洗濯に行っていました。


みんな知っている「桃太郎」の始まり部分。
その後、おばあさんは川で大きな桃を拾い、
家に持ち帰っておじいさんに割ってもらう。
そしたら中から玉のような男の子が…と、だいたいこんな話だ。

日常の中にはドラマがあふれている。
おばあさんが桃を拾い、中から男の子が産まれたことは
今でも日本国民の胸に残る衝撃的なドラマだ。

ただ、ドラマは人の数だけある。
あまりスポットが当たっていないけれど、
おばあさんが川で桃を拾っているその時、
山に行ったおじいさんの身にも何かあっても不思議じゃない。

たとえばこんなことがあったなら、少し見方は変わるだろうか。
(あえてタッチも変えてドラマチックに書いてみよう)

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  「山へ芝刈りに」と婆に伝え、家を出た爺。
  その途端、爺の口元は少し緩み、
  山へ着く頃にはうっすらと笑みがこぼれていた。


  「婆さん、すまんのう。
   これだけはやめられんのじゃ」


  爺が山道を少し登ると、竹やぶの中で
  いつものとおり、美しく若い女が待っていた。


   「お爺さん、今日はどうなさいますか?」
  
  「いつものとおり強めに頼むよ、かぐや姫」


  そう言って、笹の葉の上に爺が寝そべると、
  女は素足のまま背中に乗り、マッサージを始めた。


  「おお、そこじゃそこじゃ。
   歳をとると、背中がこってのぉ」


  恍惚とした表情でマッサージを受ける爺。
  婆には内緒だったが、かぐや姫という名の女に体をほぐしてもらうことは、
  爺にとってこの上のない楽しみだった。


  「かぐやよ、そういえばあの子はどうした?」

    「ええ、今朝から姿が見えなくて…」


かぐや姫と呼ばれる女には、
生まれたばかりの小さな息子がいた。
無論、爺の子ではない。

父親は月の世界で単身赴任しているらしく、
実質的に一人で育てているかぐや姫を見かねて、
爺は婆に内緒で年金を少しずつ分け与えていたのだ。


  「おお、そりゃ心配じゃな。
   ワシが見つけたらすぐに連絡しよう」

    「ありがとうございます」


マッサージが終わり、
爺は軽くなった体で家に戻った。
芝刈りで疲れた風を装って。


  「ただいま。婆さん、帰ったよ」


  すると、なんということか。
  目の前に大きな桃があるではないか。


  「ば、婆さん…、なんじゃこりゃ?」


  「ええ、川で拾いましてね。
   なにやら中がキラキラと光っとるもんですから」


  見れば、たしかに婆のいうとおり、桃が怪しく光っていた。
  婆からお願いされ、爺は思いきって
  大きな刃物を桃に向かって振り落とした。
  すると、


       「ほんぎゃぁー! ほんぎゃぁー!」

  「まぁ、爺さん! 見て! 男の子ですよ!」


  驚きながらも、そのかわいさに笑みを浮かべる婆。
  しかし、爺はその瞬間、別の驚きを感じて腰を抜かしそうになっていた。
  なぜなら、中から出てきたその男の子は、
  先日産まれたかぐや姫の子だったからだ。


  「爺さん? どうしたの? 顔が真っ青よ」

  「あ、ああ…、ちょっと芝刈りで疲れてな」


  どうしよう…。この子がかぐや姫の息子であることを婆に説明したいが、
  そんなことをしたらマッサージの件がばれてしまう。
  それどころか、年金のことまで…。

  爺の脳がフル回転していることなどつゆ知らず、
  婆はとどめの言葉を放った。


  「爺さん、この子を育てましょう。私たちの子として」

  「え、え!?」


  気がつけば、「桃太郎」という名まで決まっていた。
  もはや、後戻りはできなくなっていた…。

  その夜、婆と男の子が寝静まった部屋で
  爺は眠れぬ夜を過ごしていた。


  「こうなったら、男の子を行方不明にして婆を諦めさせるしかない。
   よし…、決めたぞ。あの子に鬼退治をさせに旅に出そう」


  暗闇の中で、爺の目の奥がきらりと光った。


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こんなもう1つのドラマがあったとして、
もう1度「桃太郎」を読んでみよう。
そこには、昔話では終わらないスリルと感動がある。