No.1805〜1808 息子を連れての沖縄旅行(西表島〜由布島〜竹富島)

●今日のおはなし No.1805●

沖縄旅行1日目。

飛行機を乗り継ぎ、
石垣島空港の滑走路に降り立つと、
前日に発生した台風など笑い飛ばすぐらいの日差しが
燦々と降り注いでいた。

タクシーに乗って10分、
すべての離島への窓口となる桟橋のフェリーターミナルへ移動。

 「うわ、なんじゃこれ?」

前に来た時には無かった立派なターミナルビルが立っていて、
3年という時の流れを感じた。

真新しいターミナルの窓口で乗船券を買い、
ちょうど出発直前だったフェリーに乗船。
船が進み出すと、船窓を見つめていた息子が声をあげた。

  「かーわ、みどりー」

 「○うちゃん、これは川じゃないのよ。海よ」

  「うーみ? おおきいねー」

けたたましいエンジン音を鳴らしながら進むフェリー。
息子が川と間違うのも無理はない。
それぐらい、石垣島の海はエメラルド色だった。

出港から20分。

紺碧の海の上を走っていくうちに、
やたらと大きな島が見えてきた。
1日目の宿泊予定地、「西表島」だ。

他の島にはない圧倒的な存在感。
そりゃそうだ、実は西表島は石垣島よりも大きい。
(本島に次いで県内では2番目の面積)

島が見え始めてから港が見えてくるまでの間、
ただただ「でっけー」と感心していた。

西表島には2つの港がある。
東部地域の「大原港」と、西部地域の「上原港」。

僕が宿をとっていたのは上原港のほうで、
フェリーを下りて島に上陸すると、
探すまでもなく目の前に民宿の看板があった。

徒歩30秒で着いたその宿は、
ある意味で予想どおりの民宿だった。

ダイバーたちが長期滞在用に利用することが多く、
決して派手さなどない。

部屋は6畳一間、トイレと風呂は共同。
あとは食堂があって洗濯機がある程度のシンプルな宿。

若い女性客はまず来ない所だけど、
実は今回の旅では、質素な民宿に泊まることも一つの楽しみだった。

リゾートホテルはたしかに快適だけど、
どこに旅に来たのかを忘れてしまう。
今回は、沖縄独特の湿度や匂い、
白いコンクリートで作られた家の雰囲気を感じたかったから。

部屋に荷物を置いた後、
夕食まではまだ時間があったから、
少し宿周辺を散歩しにでかけることに。

何が彼を刺激したのだろう。
いつもは「だっこ」をせがむ息子が
一人でずんずん前を歩き出して驚いた。

少し歩くと小さな食料品屋さんがあったから、
そこでアイスとさんぴん茶を買い、
風に吹かれるまま海のほうへ。

漁船が並んでいるあたりに日陰があったから、
何をするわけでもなく腰を下ろし
アイスを食べながらしばし涼む。

息子は相変わらずハイテンションで、
大人が休憩している間、
船のまわりを奇声を発しながら走り回っていた。

 「なんだかわからないけど、来てよかったなぁ」

うれしそうな息子の姿を見つめながら、
静かな海のそばでぼーっとアイスをほおばる。

海とは反対方向にある密林では、
もうすぐやってくる夕暮れ時を告げるかのように、
たくさんの野鳥が鳴き始めていた。

 

●今日のおはなし No.1806●

(昨日のつづき)

沖縄旅行2日目。
海に開いた窓から注ぐ朝日の光で目が覚めた。

寝ている嫁や息子を起こさないように静かに部屋を出て、
トイレ前の洗面所で顔を洗う。

 「この感覚、懐かしいなぁ」

知っている人もいると思うけど、
僕は学生の頃、
「新○荘」という学生寮のようなところに4年間住んでいた。

風呂やトイレは共同。
カギも超シンプルなものだったんだけど、
西表島の民宿はまさにそんな感じだったのだ。

水の出の悪い蛇口をひねって顔を洗っている間、
大人になり過ぎて忘れていた無欲さがよみがえってくるのを感じた。

朝食を済ませ、民宿を出発したのが8時過ぎ。
なんといっても巨大な島なので、
まず移動手段にレンタカーを借りた。

天然記念動物のイリオモテヤマネコが生息することから、
別名「山猫の城」の異名をとる西表島。
その密林の奥地へ行くルートは2つある。
東部の「仲間川」から入るか、西部の「浦内川」から入るか。

たいてい西表島の密林を攻める人は、
どちらかの川を船で上り、途中から歩いて滝を目指す。
ただ、うちは小さい息子もいてそれは難しかったから、
トレッキングはなしで船だけ楽しめる「浦内川」の方へ向かった。

船に乗り、マングローブの林を抜けていくたびに
迫力満点の山がぐんぐんと近づいてくる。

まるでジャングルを探検しているかのようなスリル感。
船から下りて滝まで行けなかったのは残念だったけど、
「いずれ息子が大きくなったら絶対に行こう」と思った。

車を走らせ、午後は
西表島から浅瀬の海を挟んで100mぐらいの距離にある小さな島
「由布島(ゆぶじま)」へ向かった。

名前は聞き慣れない島かもしれないけど、
この由布島、たぶん多くの人がCMやポスターで見たことがあると思う。
人が水牛に乗って海を渡る、あの島だ。

由布島には、人が暮らしているわけではなく、
たくさんの植物と動物が暮らしている。
そこに至るまでの歴史が素敵でね。

その昔、由布島には
黒島や竹富島から移り住んだ人が住んでいたんだけど、
昭和44年にエルシー台風が直撃した時、
ほとんどの人が西表島に住居を移した。
一組のおじいとおばあを除いて。

「由布島をパラダイスガーデンにしたい」という夢を描いたおじいとおばあは、
一頭の水牛で土や堆肥を運び、花やヤシを植え続け、
見事、夢の楽園を完成させた。それが今の由布島だ。

水牛の車に揺られながら海を渡り、
島で色鮮やかな植物を眺めていると、
当時のおじいとおばあのロマンがじーんと伝わってきてね。
なんだかとても幸せな気分になった。

二人の築いた楽園に彩りを添えるように、
小さな島のあちこちには
南国の日差しに照らされたハイビスカスがいくつも咲いていた。

由布島観光を終え、そこからまた軽くドライブをしている間に
嫁も息子も眠ってしまったから、
夕方にはレンタカーを返して宿に戻ることに。

嫁がコインランドリーに洗濯に行っている間、
6畳一間の部屋から息子と夕暮れの海を眺めた。
見慣れてきたようで、
何度見ても飽きない港の風景。

 「この島とも、今日でお別れか」

明日は西表島を離れて竹富島へ。

感傷に浸る僕をよそに、息子はひたすら
窓のサッシに電車のおもちゃを走らせて遊んでいた。

この頃にはいつのまにか、
部屋をはい回るアリさえも
まるで友だちのように愛おしくなっていた。

 

●今日のおはなし No.1807●

(昨日の続き)

沖縄旅行3日目。

朝6時に自然と目が覚めた。

身体のリズムが変わったからだろうか。
いつもはパン1枚の朝食なのに
食堂でごはんを3杯もおかわりをした。

朝食後、
2日間お世話になった民宿のおばさんに別れを告げ、
目の前の上原港へ。

いったん石垣島へ戻るフェリーに乗り込み、
西表島を後にする。

そこから石垣島でまたフェリーを乗り換え、
いざ、次の目的地の「竹富島」へ。

前に来た時には台風寸前の数時間しか滞在できなかったから、
今回は宿泊できることがとても楽しみだった。

石垣港からフェリーで10分程度。

竹富島の港に着くと
民宿のおばさんが車で迎えに来てくれていたから、
ワゴン車に乗りそのまま民宿へ。

沖縄の伝統的家屋である
赤瓦の家がたくさん残っている竹富島。

島で一番高齢のおじいがいるというその民宿も
質素だけどとても味のある宿で、
畳しかない部屋に荷物を下ろした後、
しばらく窓の外に広がる素朴な景色を眺めていた。

 「さぁ、探検に行こうか」

白砂でできた道を歩いて1分。
竹富島の観光には欠かせないレンタサイクルを借り、
息子を前に乗せて自転車をこぎだす。

竹富島の集落は、とてもこじんまりとしているんだけど、
それぞれの家に味があってとても美しい。
瓦の上のシーサーもみんな表情が違う。

デイゴの木に守られた
神々が宿る御嶽 (うたき)。

遠浅でどこまでも歩いていける
エメラルドの海。

たまにすれ違う水牛。

運転しながらもついうっとりと見とれてしまって、
ペダルが止まらないギリギリの速さで
ひたすらゆっくりと自転車をこいだ。

ひととおり探検を済ませたのは夕方頃。
一度民宿に戻り、なんとも家族的な食堂で
他の宿泊客とごはんをよそいあいながら家庭料理を味わう。

     「桟橋から夕日がきれいに見えるから、
      ごはんを食べたら行っておいで」

民宿のおばさんのそんな一言に誘われ、
「ごちそうさまでした」を言った後、また自転車に乗った。

夕暮れで朱く染まる島の道。
ペダルをこぎだすと、
日中より涼しくなった南風がやさしく頬を撫でてくれる。
気持ちいい。

ごはんの後におでかけが出来たのがうれしかったのか、
息子は坂道を下るたびに
「しゅーぅぅぅっ!」とはしゃぎ声をあげ、
「ちりん、ちりーん」と何度も自転車のベルを鳴らしていた。

西にある桟橋に到着すると、
おばさんが教えてくれたとおり、ちょうど夕日がきれいに
水平線のあたりを染めているところだった。

どこで見たって太陽は同じはずなのに、
沖縄で見る夕日がやたらと美しく見えるのはなぜだろう。

「あちち(=太陽)、でっかいねー」とはしゃぐ息子をよそに、
言葉を無くしてしばらく波打ち際でたたずんだ。

それから数時間後。
日が暮れた後の島は、
静かな闇に包まれていた。

シャワーを浴びた後、
夜風で涼むためにちょっと外へ。

息子を抱きかかえて空を見上げると、
まるでそこが地球の中心であるかのように、
360度、夜空に満天の星がきらめいていた。

  「きらきら、いっぱーいね!」

大阪でも星が見える夜はある。
でも、たぶんこれだけの星を見るのは
息子にとっても初めての経験だっただろう。

小さな島で見上げる大きな夜空。
この素敵な光景は、息子の記憶に残るのだろうか。
父と過ごしたこの時間も。

夜空を見上げて感傷に浸る間、
息子はずっと「おほしさま きらきら」の歌を口ずさんでいた。

そのメロディに合わせるかのように、
いくつも流れ星が夜空を流れていった。

 

●今日のおはなし No.1808●

(昨日の続き)

沖縄旅行最終日。

朝目覚めると、小鳥のさえずりとともに
小学校の校庭のほうから
ラジオ体操の音楽が聞こえてきた。

 「ああ、今日で最後かぁ」

12時過ぎに石垣島空港を発つ飛行機に
乗らなくてはいけなかったから、
逆算すると、竹富島にいられるのは10時過ぎまで。

残りわずかな時間を少しでも楽しみたくて、
朝食を食べてから、すぐにまた自転車に乗った。

前に竹富島を訪れた時にもおはなしに書いたけど、
島の人たちは毎朝早起きして
ほうきできれいに白砂の道を掃除する。

自分たちを生かしてくれている島への
感謝への気持ちをこめて、そうするらしい。

自転車に乗りながら走っていると、白砂の道の上に
細い線のようなほうきのあとが何本も残っていて、
まるで白い波のように見えた。

自転車でまず最初に向かったのは
「なごみの塔」。

高さも5mぐらいしかないし、
大人1人がやっと立てるぐらいのスペースしかない
こじんまりとした展望台だけど、
竹富島ののどかな風景が一望できる人気スポットだ。

日中は観光客が多くて順番待ちだけど、
朝はさすがに誰もいなくて、
ゆっくりと朝日に照らされた赤瓦の風景を独り占めした。

あまり時間もなかったけど、
最後に昨日とは違う海岸へ向かった。
草むらの細い凸凹道を、自転車で駆け抜けて。

タイヤが石を踏んでがたんごとんと揺れるのが楽しかったのか、
息子がずっと前カゴのあたりではしゃいでいた。

時間ぎりぎりまで砂浜でヤドカリと遊んだ後、
急いで集落の方へ。
レンタサイクルを返して、
荷物を取りに急いで宿に戻った。

嫁が荷物をまとめる間、
僕は表で煙草を吸っていた。

だんだんと太陽が高くなり、
じりじりとした暑さがTシャツを汗で濡らす。

     「暑さだけは、いくつになっても慣れないよ」

前の晩、100歳をこえる宿のおじいが言っていた
言葉を思い出しながら、ぬるい南風に煙を流した。

と、その時。

空を見上げていた僕の横を
てくてくと息子が歩いていった。
宿の門を抜けて、白砂の道のほうへ。

 「おい、○うた、どこ行くねん」

たぶん聞こえているくせに、
聞こえないふりをして足を進める息子。

そのままどんどん道を歩いていくので
慌てて追いかけてつかまえたら、
石のように道に座りこんで動かなくなった。

 「…そうか。わかったよ。もう少し遊んどき」

フェリーまでの時間はあまりなかったけど、
名残惜しそうに砂をいじる息子を
しばらくそっとしてやった。

少し離れて見守りながら、
なんとなくカメラのシャッターを切った。

     「じゃあ、港まで送っていこーね」

時間も迫り、民宿のおばさんの運転で港へ。
着いたのは、出港5分前だった。

 「ありがとうございました。お世話になりました」

     「いえいえ、晴れてよかったですね。
      また来てくださいね。
      あ! そこのボクもばいばーい!」

おばさんが息子に手を振ると、
人見知りの激しかったはずの息子が
笑いながら手を振りかえした。

いそいそとフェリーに乗りこみ、
竹富港を出港。

青い波の向こうに
島がだんだんと小さくなっていくのを、
僕は息子を抱きかかえながら、じっと見つめていた。

  「…、ばい」

 「え?」

  「ばいばーい! ばぁいばぁーい!」

しばらく黙っていたのに、
突然島に向かって手を振り始める息子。

ちょっと驚いたけど、父の沖縄に対する思いが
少しだけ息子に通じた気がしてうれしかった。

 「そうやな、ばいばい、やな」

それから石垣港に着くまでの間、
息子はずっと手を振り続けていた。

白い波間に消えていく、小さな島に向かって。