No.1950〜1953 出産ドキュメント 〜娘が誕生するまでの19時間〜

●今日のおはなし No.1950●
 
「あの時があったから、今があった」。
人生の中では、そう思う貴重な瞬間がいくつかある。
今回の出産でも、実はそんな出来事が少しあった。
 
 
5月14日、木曜日。
 
出産予定日を過ぎていたこともあり、
朝はいつもの電車ではなく車で通勤した。
近くの駐車場に車を停めておけば、
いつ呼ばれてもすぐ奈良に行けるから。
 
日中は何の連絡もなく、
「はぁ、今日も出てこないかぁ…」と
会社を出たのが夜の22:00。
 
鳴らない携帯電話を握りしめながら
駐車場まで車を取りに行くと…、
目の中に信じられない光景が飛び込んできた。
 
駐車場が、駐車場が…、
夜間閉鎖されていたのだ。
 
 
今どき、どこの駐車場も自動支払機があって、
当然24時間営業。
 
この時停めた駐車場もそうだったんだけど、
府営の駐車場だったため、よく見ると
「8〜22時まで」という看板が立っていた…。
 
呆然としながら、その場に立ちすくむ僕。
駐車場閉鎖→車が出せない→深夜呼ばれても奈良に行けない→立ち会えない…、
という最悪の事態を想像するのに、時間はかからなかった。
 
 
 
 「どうしよう…。
  駐車場の時間を知らずに立ち会えなかったら、
  産まれてくる娘から一生文句を言われるじゃないか…」
 
 
 
とは言え、閉まってしまったものは仕方ない。
 
為す術もなく諦めて駅に向かおうとした時、
閉まったはずの駐車場の中に清掃員がいるのが見えた。
 
 
 
 「! すみませーん!!!!
  開けてくださーーーい!」
 
 
 
必死の叫びも、交通量の多い道の雑音にかき消され、
なかなか届かない。
 
しかしその時、駐車場の料金看板の下に
管理事務所の電話番号が書いてあることに気づいた。
 
今振り返ればかなり幸運だったけど、
急いで携帯電話で電話したら、たまたま人が残っていてね。
 
 
 
 「営業時間を過ぎているのは分かっているんですけど、
  緊急なんです! 娘が産まれそうなんです!
  中に残っている人にシャッターを開けてほしいと
  言ってもらえませんか?」
 
 
 
と伝えたら、数分後にシャッターが開いた。
 
中にいた清掃員の兄ちゃんに深々と頭を下げ、
無事車を救出。
 
「陣痛が始まったから病院に来て」と連絡があったのは、
それから1時間後のことだった。
 
電車もない時間、車が無ければ
病院に向かうことはできなかっただろう。
 
奈良に向かう道中、心の中で何度も
管理事務所の人と清掃員の兄ちゃんに感謝しながら、
ひたすらトラックだらけの深夜高速をブッ飛ばした。
 
気がつけば、日付は
5月15日(金曜日)になっていた。
 
 
 
 

●今日のおはなし No.1951●
 
(昨日の続き)
 
5月15日、午前1時頃。
 
病院に到着すると、
お義母さんが診察室の前で待っていた。
 
 
 
   「あら、早かったですねー」
 
 
 
 「深夜で高速も空いてたんで。どんな感じですか?」
 
 
 
それから30分ぐらい、
長男が産まれた時のことなどを2人で思い出しながら、
診察が終わるのを待った。
 
 
 
  「Hさーん、中にどうぞ」
 
 
 
陣痛室に入ると、ベッドの上に座っている嫁を発見。
2度目の出産だからか、表情は落ち着いていた。
 
 
 
 「どうよ? 産まれそう?」
 
 
 
   「わからん。そのうち産まれるんとちゃう」
 
 
 
お産というのが長時間の戦いになるのは、
前にも経験していたからなんとなく分かっていた。
 
それでも、経産婦は早いというから、
その後もしばらくベッドの横で来たるべき時を待った。
 
 
午前2:00。
 
午前2:30。
 
午前3:00。
 
午前3:30…
 
小さな波は来るものの、
なかなかビックウェーブがやって来ない。
 
お義母さんには徹夜はきついので
途中から入院予定の個室で待ってもらっていたんだけど、
「こりゃ、朝までかかるな」と思ったので、
いったんお義母さんを家まで車で送っていくことに。
 
再び病院に戻ってきた時には、
奈良県が誇る大和三山の向こうの空が、
うっすらと明るくなってきていた。
 
 
 
 「まあ、気長に待とうや」
 
 
 
   「ごめんな。また呼ぶから部屋で寝といて」
 
 
 
嫁が眠りに入ったのを見届けてから、
仮眠をとるために個室へ。
 
妊婦用に用意されたベッドで寝るわけにもいかないので、
とりあえず堅いソファの上に寝転がった。
 
さっきまで興奮していたせいか、
急に眠ろうとしても
なかなか寝つくことなんてできない。
 
まだ見ぬ娘の顔を想像しながら、
静かな病棟の一室で
夜が明けるのをじっと待った。
 
 
 
 

●今日のおはなし No.1952●
 
(昨日のつづき)
 
5月15日、午前7:30。
 
ほどんど寝つけないままソファの上で目を開けると、
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
 
部屋を出て陣痛室を訪れると、
いつもと変わらない様子で
朝食を食べている嫁。
 
どうやら、
まだその時は来ていないようだった。
 
それから、陣痛の波を待つこと数時間。
0〜99の数字で波を示す機器の表示は、
ずっと0〜5で低迷していた。
 
 
午後1:00。
 
仕方なく、嫁と二人で
昼食を食べていた時だっただろうか。
 
さっきまで笑顔だった助産婦さんが
少し深刻な顔でやってきて、
1枚の紙を手渡された。
 
「陣痛促進剤の使用について」。
紙に書かれてあったその文字を見て、
はじめてその表情の意味がわかった。
 
 
 
  「破水もしてるし、このまま長引くと危ないですから、
   一度検討してもらおうかと思いまして」
 
 
 
自分も促進剤使用の経験があるというその助産婦さんは、
言葉を選びながら安全性を丁寧に説明して、
一度その場を去った。
 
誰だって、自然に分娩できる方がいい。
ただ、母体に危険が生じるのも理解できる。
 
しばらく悩んだけど、
嫁と相談した上で紙の署名欄にサインをした。
 
 
午後2:00すぎ。
 
促進剤の投与が始まってからは、
陣痛の波が徐々に大きくなったが、
まだ時間がかかりそうだった。
 
「トクトク、トクトク、」と
機器のスピーカーから聞こえてくる胎児の心音。
「ああ、生きているんだなぁ」と思いながら、
目を閉じて耳を澄ます。
 
不眠と食後の眠気もあってか、
その音を聴いているうちに
いつのまにかベッドの横でうたた寝をしていた。
 
それから、
どのくらい眠りにおちていたのだろうか。
 
 
 
  「ちょっと一度診てみましょうか」
 
 
 
診察にやってきた助産婦さんの声で目が覚めた。
 
早々に陣痛室から追い出され、
目をこすりながら診察が終わるのを待つ。
時計を見ると、もう午後4:00を過ぎていた。
 
と、その時。
 
突然ブザーが鳴ったと思ったら、
数名の助産婦さんが急に陣痛室にかけこんでいった。
 
「え? 何?」と思ったけれど、
こういう時に男は一切関与できない。
 
 
 
  「旦那さんはそのまま待っててください!」
 
 
 
と強く念押しをされ、
女の世界の中で何かが行われるのをただ待った。
 
 
数分後。
 
許可が出て陣痛室に戻ると、
ベッドの上に嫁の姿はなく、
何やら分娩室で慌ただしい音だけが聞こえた。
 
 
 
  「はい、じゃあ旦那さん、
   手を洗って、これを着てください」
 
 
 
助産婦さんに言われるまま手を洗って、
かっぽう着のようなものを羽織る。
その準備が何を意味するのか、
一度立ち会いの経験がある僕にはすぐにわかった。
 
 
午後4:30。
 
あまりの急展開に少しドキドキしながら、
助産婦さん同士のかけ声が聞こえる分娩室に入った。
 
 
 
 

●今日のおはなし No.1953●
 
(昨日のつづき)
 
5月15日、午後16:30。
 
分娩室に入ると、
嫁が苦しそうな顔でそこにいた。
 
雰囲気的にはすでに何かが開始されているようで、
助産婦さんはみんな集中していて、
嫁はがんばっていきんでいる。
 
途中参加ながら参戦した僕は、
助産婦さんに言われるがまま
時折嫁の水分補給を手伝った。
 
 
 
  「はーい、いいですよー。あと2回ほどで産まれますよ」
 
 
 
僕には「2回」の根拠がさっぱり分からなかったけど、
助産婦さんが言うから間違いない。
 
その時が迫り、少し胸が高鳴ってきた瞬間、
男の先生がゆっくりと現れた。
 
そう、長男の時もそうだったけど、
先生というのは本当に産まれる瞬間しか処置しないのだ。
 
 
 
  「うん、大丈夫だね、もう産まれますよ」
 
 
 
先生がそう言ってから嫁が1回がんばると、
頭らしきものが見えた。
 
そして、いよいよ2回目。
握りしめた嫁の手が強くなると同時に、、、
 
 
ゆっくりと小さな身体が姿を見せた。
 
 
 
 
   「んぎゃぁ! んぎゃあ!」
 
 
 
 
分娩室にこだまする泣き声。
最初はぼーっと目の前の光景に見とれていたけれど、
助産婦さんから「おめでとうございます」と言われて我にかえった。
 
5月15日、午後4:58。
 
入院から実に17時間後となる
待ちに待った第二子誕生の瞬間だった。
 
 
分娩後の処置を待っている間に、
互いの両親やsunny-yellowの皆さんに
メールや電話で報告を終え、
しばらくすると嫁がベッドに戻ってきた。
 
 
 
 「おめでとうさん。最後は早かったな」
 
 
 
   「急やったからびっくりしたわ。
    どう? おなか凹んだやろ?」
 
 
 
しばらくしたら助産婦さんが娘を連れてきてくれるというので、
それから、少し嫁のベッドの横で休憩。
「どうせならこのタイミングで名前を選ばせるか」と、
あらかじめ用意していた2案を紙に書いて準備した。
 
 
 
 「この2つで選ばせるで」
 
 
 
   「ええよ」
 
 
 
 「ちなみに、どっちがいい?」
 
 
 
   「うーん、こっちかな」
 
 
 
 「そうか、俺もや」
 
 
 
それからしばらく話し合って、
娘の名前は選択させず
親の想いで決めることにした。
 
 
 
  「はーい、お待たせしましたー」
 
 
 
助産婦さんが娘を抱えてやってきた時、
とても小さく見えた。
 
壊れないように、
おそるおそる抱かせてもらう。
小さい。小さいけど、ちゃんと生きているなぁ。
 
嫁が娘の手を握った瞬間、
思わずその美しさにシャッターを押した。
 
 
 
誕生から1週間。
 
その後は月曜から大阪で仕事をしていたので、
まだ産まれたその日しか娘に触れていない。
 
今日は市役所の手続きとかもあるから、
会社に休みをもらっていて、
この後、奈良まで娘に会いに行く予定。
 
ずっと前からイメージしていた
息子と娘のツーショットを撮るのが楽しみだ。