No.2063 親父の職業

前にも少し話したことがあるかもしれないけれど、
小学生の社会の授業だったと思う。

「みんなのお父さんはどこで働いてる?」と
先生に聞かれた。

 「加古川!」

 「明石!」

 「神戸〜!」

生徒の回答を受けて
黒板の地図上に○をつけていく先生。

西宮あたりに印がついた時、
クラス中が「おぉ〜」とざわついて。
それに負けたくない気持ちもあったのだろう。
僕は手をあげてこう言った。

 「奈良!」

次の瞬間、クラス中がどよめき、
先生も「奈良!? すごいね〜」と言ってくれた。

嘘のようで嘘ではなかった。

メーカーの営業職だった親父は
当時奈良に出張ばかりで家にいなかったから。

「何かを売りに行っている」ということは
知っていたけど、
誰に何をどんな風にまでは知らなかったように思う。

奈良で親父が何をしていたのか、
それを知ったのは
僕が20代後半になってからだった。

結婚にあたり
両家の顔合わせの宴席を設けた時、
親父が奈良に住む義父に昔話を始めた。

トラクターやコンバインなど
農業用機械の営業担当だった親父は、
奈良市内の安いビジネスホテルに連泊しながら
毎日朝から晩まで農家という農家を回っていたという。

昔からその地に田畑を持つ農家に
飛び込むわけだから、
まず人として信用してもらわなければ
話すら聞いてもらえない。

親父はネクタイを捨て、
ある時は道に迷ったふりをして話しかけ、
ある時は土地の美しさを誉めながら
一緒に汗を流して田植えの手伝いをした。

家にあがりこんで
主人と酒をかわす関係になれるまでね。
そりゃ家族が待つ兵庫にも帰れないわけだ。

「ほとんど母子家庭やったからな〜」とオカンは笑うが、
お客に顔を、家族に背中を向けながら
当時の親父は何を思っていたんだろう?

本当は家に帰りたかったのか、
単純に人間味のある営業が楽しかったのか。
それとも、その両方か。

広島から帰る新幹線の中で
なんとなく思った。

わけのわからんトークでごまかしてないで、
そろそろ教えろよ、親父。