No.2243 幸せな器用貧乏になってやろう


昔、小さな広告の賞を獲った時のこと。

何か1つのことを極めた快感とは裏腹に、
それしか能がない自分への恐怖感を感じた。

レッドカーペットを歩き、
壇上でスポットライトを浴びながらも、
出席者から贈られる拍手の音が怖かった。

「どうせみんな、僕のことを
 これしかできない奴だと思ってるだろうなぁ…」と。

山の頂に立ってみて初めて分かったのは、
そこがとても狭い場所であるということ。
足場もなく、落ちていくしかないその場所には
恐怖しか感じなかった。

どちらかというと、平地で
「どの山に登ろうかな〜」とうろちょろしていた時の方が
好奇心旺盛で、いい顔をしていたような気もした。



どの世界においても、頂点を極める人は
何か1点に関してズバ抜けた才能を持っている。
絶対に人に負けないものを持っていることは、
とてもすごいことだ。

でも、昔から疑問だったのは、
ズバ抜けたものを持っている人だけしか
多くの人から認めてもらえないこと。

国語や算数が「1」でも、
体育が「5」ならスポーツマンとして認められる。
社会や理科が「1」でも、
美術「5」ならアーティストとして認められる。

それも分からなくはないけれど、
オール「3」がとれる人の“バランス”も
もっと評価されていいような気がするんだなぁ。

なんでもそこそこできるけど
何一つ頂点を極められない人は、
日本では「器用貧乏」と揶揄される。

それでも、人生はバランスだ。

一点に尖った剣ではなく
どこから見ても同じ球体のように、
バランス感覚に秀でた人の方が
何か1つだけの才能に秀でている人よりもずっと素晴らしいと思う。

むやみに一番をめざす必要なんてない。

人としてめざすべきは、上ではなく横。
高さではなく幅だなぁと思いながら、
最高に幸せな顔をした器用貧乏をめざして生きている。