No.48 アイデンティティー

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以前、
「アイデンティティについて書いてくれ」とリクエストが来て、
それから時々アイデンティティについて考えてた。

アイデンティティについて語ると一晩、
いや一生かかりそうだ。でも、
簡単になら今整理できそうな気がする。

今までアイデンティティって、 自分の中で模索して見つけるものだと思ってた。
「自分」って一体何だろうって。
でも、今は違う気がする。

たぶんアイデンティティって、
自分と接する「人」や「物」の中に残っていくものじゃないかな。

例えば今話をした人の中に、
「僕」という存在が生まれて何らかのカタチで残っていく。

砂浜に指で絵を書いて、
この世にさっきまであった砂のカタチが変わったら
それだって僕のアイデンティティかもしれない。

だから「アイデンティティが中々見つからない」って
当たり前の事なんだよ、きっと。
人によってモノによって、
僕のアイデンティティはすべて違うかもしれない。

もしアイデンティティを見つけたくなったら、
自分の納得できるまで色んなモノに接してみるといい。

きっと、色んな自分を発見して、
その限りなさに生きてる神秘と歓びを感じるかもしれない。

アイデンティティを見つける方法が「接する」、
つまり動く事だと仮定するなら
アイデンティティが見つからない様にするのは簡単だ。
「じっとしていればいい。」
それで本人が構わないのなら。

僕らがじっとしている木々を見つめる。
僕らの中では木々に対して色々なアイデンティティが形成される。
でも、
木々はきっとそれを知らない。

日常の中の色んな場所で、
実は勝手に自分のアイデンティティは形成されている。
たぶんそれを知ろうとするかしないかは、
自分で決める事。

だから、
「自分らしく生きたい」と思う人がいるなら
自分の中で悩まないで、
色んな人・モノに接していけば それに似たものはきっと見つかる。
木のように幸も不幸も感じる事が出来ない幸せを選ぶ人は
じっとしてりゃいいんじゃないかな。

ただ、本当のアイデンティティってのは、
まだまだ僕には深すぎて分からない。
でも、それでいいと思う。

分かってしまったら、生きるのが怖くなりそうだから。