No.3238~No.3241 沖縄家族旅行(沖縄本島 本部付近)


●今日のおはなし No.3238●




 「さ~て、お前ら、行くぞ!」



毎年、我が家は夏だけ旅をする。

今年の目的地は「沖縄本島」。
選んだ理由など特にない。

僕が好きな場所に、
嫁と子どもたちを連れて行きたい。
ただそれだけで行き先を決めた。

自宅付近からリムジンバスで関空へ向かい、
LCCのターミナルへ。

飛行機に乗るのが初めての娘と、
物心ついてからは初めて飛行機に搭乗する息子。
離陸の際は「少しビビるかな」と思っていたけれど、
意外にも「うっひょー」とフライトを楽しんでいたので安心した。

午後関空発の便だったこともあり、
那覇空港に着いたのは夕方前。

沖縄には何度も訪れている僕だけど、
久しぶりの本島上陸に胸が躍った。


空港を出て、
まずはレンタカー屋さんで車をゲット。

交通コストを少しでも削減するために
車は一番小さなSクラス(デミオ、ヴィッツなど)で
申し込んでいたんだけど、たまたま運良く
同じ料金で「セレナ」を借りることができた。



 「おー、今回はツイてるね~」



“モノより思い出”のCMを知っている子どもたちが
実物に乗れて喜んだのは言うまでもない。
後部座席ではしゃぐ子どもたちの声を
バックグラウンドミュージックにして
高速道路で本島北部にある本部(もとぶ)町めざした。


本部の少し手前、
名護市あたりに着いた頃には
だんだんと陽が暮れ始めていて、
時計を見ると宿のチェックインの予定時刻が迫っていた。



 「あちゃー、こりゃ間に合わないな。
  せめて宿に一本電話だけ入れておこう」



そう思い、休憩がてら
国道沿いのコンビニに車を停めて
ポケットからスマホを取り出した瞬間、
思わず我が目を疑った。

なんと、スマホの液晶画面が割れて
タッチ操作がまったくできなくなっていたのだ。



  「え!? えぇ~?????」



宿の場所も電話番号も、すべてスマホの中。
情報が頼りの旅先でネットにアクセスできなくなるとは…。
一瞬頭が真っ白になった。



  「はぁ…、そう言えば、
   アメリカ大陸横断旅行をした時も
   着陸した途端にベルトが切れたっけ…。
   悪運、モッてるね、俺…」



不幸中の幸いというか、
出発前日、嫁に旅行の行程表をメールで送っていたので
なんとか迷わずに宿には到着できたけど、
もしもそのメールがなかったら…
宿の名前さえ思い出せずに危うく彷徨うところだった。


ちなみに泊まる場所は、
あえて観光客が少なそうな
小さな漁港付近にある宿を選んでいた。

それが裏目に出たのか、
チェックイン後に晩飯を食べる店を探したものの、
飲食店自体が少なく、
ようやく見つけた店も地元の飲み客で満席で。。。

子どもたちも移動の疲れで眠気が襲ってきていたので、
仕方なく地元のコンビニで弁当を買って晩飯を済ませた。



 「沖縄に着いての1食目が“弁当”って…、
  なんだか家族には申し訳ないけれど
  まぁ、明日から楽しませてやればいいか」



宿に戻ってシャワーを浴び、
子どもたちを寝かしつける。
スマホも何もない夜は静かだった。

バルコニーの向こうには
暗闇に包まれた海が見えて、
点滅する灯台の光をぼーっと眺めてから眠りについた。





●今日のおはなし No.3239●


沖縄旅行2日目。

前日の疲れが残っているのに、不思議と朝6時に目が覚めた。

まだスヤスヤ眠っている家族を横目に、一人でバルコニーへ。
朝の海は穏やかで優しい。

観光ホテルは嫌いなので
飯も門限も自由な滞在型のヴィラに泊まっていたからか、
表に置いてあった椅子にゆったりと腰かけると
まるで自分の家にいるようにホッとした。



 「さーて、行くぞ~」



朝食を終え、まずは
名護や今帰仁(なきじん)のあたりを軽くドライブ。
そのうち、遠くに古宇利島(こうりじま)が見えてきた。

この島は、10年前に大きな橋が開通して、
“車で行ける離島”としても有名になった島。

もっとルーツをさかのぼれば
アダムとイブのような人類発祥の伝説があったり、
実はペリーの探検隊が来航していたりと歴史的にも色々面白いので、
前から訪れてみたかった場所だった。

DSC_0988

当日は、台風の接近が嘘のように空が晴れていて、
エメラルド色に輝く海と大橋の光景がとても美しくて。
しばらく島内を観光した後、
ウズウズしている子どもたちの欲求を満たすために
ビーチで泳ぐことにした。



 「初めてアイツを和歌山の海に連れていった時は、
  あんなに泣いてたのになぁ」



ゴーグルをつけて
妹とはしゃぎながら泳ぐ息子の姿を眺めながら、
ちょっとだけ時の流れを感じた。


それから時間を忘れてビーチで遊びすぎたおかげで、
宿に戻った頃にはいつのまにか夕方前。

特に無理して観光地を回ることはせず、
海で遊んだ後に感じる独特の眠気を楽しみながら、
しばらく部屋でゆっくりと過ごすことにした。

嫁が家族の水着をコインランドリーで洗濯している間、
持参していた「キャプテン翼」を読み続ける息子と娘。
僕は、バルコニーからぼーっと夕暮れの景色を眺めていた。

ふと、隣の民家の庭先を見下ろすと、
海がある方向に神棚とお供え物のようなものが
あるのが見えた。

「ニライカナイ」という言葉があるように、
沖縄の人々は古くから海を神聖なものと崇めていて、
海の向こうにあの世(異界)があると言われてきた。

夕暮れで橙色に染まっていく神秘的な海の光景を眺めていると
そんな言い伝えが間違いではないような気がしてきて。
ただ、ぼーっと何もしない時間を楽しんだ。


夜。

シャワーを浴びた後にまたバルコニーに出ると、
夜空に綺麗な月が浮かんでいた。



 「おい、お前ら、
  キャプテン翼ばかり読んでないで、ちょっと来てみ」



子どもたちを呼び寄せ、暗くなった海の方を指さす。

その先には、
月明かりが水面に映えてできるゆらゆらとした“光の道”が
どこまでもまっすぐにのびていた。



   「わ~、きれい~!」



     「おとうさん、あの道歩いたら
      月までいけそうやな!」 



喜ぶ子どもたちの肩を抱きながら、
海について色んな話をした。

なぜ父がバルコニーで遠くばかり見つめていたのか、
子どもたちも少し理解した様子だった。





●今日のおはなし No.3240●


沖縄旅行3日目。

沖縄好きの僕にしてはベタな行き先だなぁと思いつつも、
この日は子どもたちの希望どおり
「美ら海水族館」に行くことにした。

あまり知らない人のために説明しておくと、
ここには水族館だけがあるわけではない。

昭和50年に開催された沖縄国際海洋博覧会を
記念して設置された国営公園、
通称「海洋博公園」の一角に水族館があるだけで、
東京ドーム15個分ほどの広い公園の中には
他にも植物園や海洋文化館、イルカのプールなど様々な施設がある。

景色も良く、歩いているだけも気持ちいいので、
朝の散歩がてら、少し園内を散策してから
水族館でのひと時を楽しんだ。

DSC_1102

DSC_1190

水族館から出る時、お約束のように
土産物が並ぶ売店があったんだけど、
何を思ったか、息子が財布の中の全財産(¥1000)をはたいて
ジンベイザメのぬいぐるみを買ってね。

それを見た娘がすね始めたので、
娘には小さなイルカのぬいぐるみを買ってやった。

後になって
このぬいぐるみ達が大活躍するんだけど、
ひとまずその話は置いておこう。


海洋博公園では水族館やイルカのショーを楽しんで
子どもたちのご機嫌を取ったから、
午後からは僕と嫁が興味のある場所を訪れる、はずだった。

ところが、車に乗った途端に息子が
「海でおよぎたい!」とダダをこねだして。。。

「昨日も泳いだしさぁ、海水浴だけで
 旅行が終わるのももったいないやろ?」と
嫁が説得してもグズグズ言うので、一瞬車内の雰囲気が悪くなった。



 「まぁまぁ、とりあえず昼飯でも食おうや」



海洋博公園のすぐ近く、
備瀬(びせ)に「フクギ並木」という名所がある。

フクギとは、台風の多い沖縄で
昔から防風林に利用されてきた木のことで、
備瀬には2万本ほどのフクギが並んでいて、
美しい緑のトンネル、並木道を形成しているのだ。

そのあたりにいくつか味わい深い飲食店があると
聞いたことがあったので、とりあえず
グズる息子とご機嫌斜めな嫁をなだめながらしばらく散策することに。

すると、誰も足を踏み入れなさそうな林の奥に
「コッコ食堂」という小さな食堂があるのを発見した。

DSC_1195



 「わぉ、なんかいい感じやん」



沖縄の古い民家を利用して営んでいるその食堂は
とても素朴な雰囲気がする店で、畳の上に腰を下ろし、
冷たいお茶をすするとほっこりした気分になった。

メニューはそばと鶏飯の2種類しかなかったけれど、
これがまた、どちらも味が絶品で。
息子と嫁の表情にも、いつの間にか笑みが浮かんでいた。

店長いわく、フクギは「福を呼ぶ木」と書くそうだ。
旅行中の家族に小さな幸福をもたらしてくれたフクギに感謝しながら、
もう一度、並木道を散策してから車に乗った。


午後。
大人の希望はあきらめて、息子の希望どおり
海でレジャーを楽しむことにした。

高速半潜水船で珊瑚礁や魚を観察したり、
家族4人でボートに乗って海原を探検したり。
子どもたちも嫁も楽しんでいたので、
旅先の案内役としては内心ホッとした。


あっという間に夕方になってしまったので、
子どもたちが喜びそうなステーキハウスで
晩飯を食ってから宿に戻る。

部屋に着いた頃には日が暮れていて、
静かに夜が始まろうとしていた。



 「早いなぁ、もう最後の夜かぁ…」



滞在中、僕の指定席のようになった
バルコニーの椅子に腰かけ、
名残惜しくカメラで一枚写真を撮った。

DSC_1236

僕が夜の海を楽しんでいる間、
息子と娘は水族館で買ったぬいぐるみに
それぞれ「ベイくん(ジンベイザメ)」「ルカちゃん(イルカ)」と
名前をつけ、二人でずっとままごと遊びをしていた。

おかげで、僕も嫁もしばらくの間、
何もしない時間をぼーっと楽しむことができた。


子どもたちが寝た後、嫁に
「お前も疲れてるやろうから、早く寝ーや」と言ったけど、
「どうしても洗濯と乾燥をしたい」と言ってきかない嫁。

宿泊客共用のコインランドリーは僕らの部屋の真ん前にあったけど、
夜遅くに女一人でというのも不安だったので、
仕方なく、眠い目をこすりながらランドリーの前で二人、
先客の洗濯が終わるのを待つことにした。

静かな夜。

遠くから聞こえてくるキーの高い虫の鳴き声に
回転するランドリーの低音が混じり、
絶妙なハーモニーを奏でていた。

乾燥機の中で回り続ける誰かの洗濯物を眺めているうちに、
学生時代の寮生活を思い出して
なんとなく懐かしい気分になった。

あれから20年。
そう言えば、
嫁とはそんな昔からの付き合いなんだよなぁ、と。



 「沖縄まで来て、夜中までひたすら洗濯待ちって。
  俺ら、何やってるねん」



洗濯をしに沖縄に来たみたいになっているのが
なんだかおかしくなってきて、嫁と一緒に笑った。

夜風に吹かれながら二人だけで語らう時間も、
久しぶりのような気がした。




●今日のおはなし No.3241●


沖縄旅行最終日。

旅行前に心配していた台風の影響はどこへやら、
部屋のカーテンを開けるとこの日も青い空が広がっていた。



 「う~ん、いい天気。
  でも、この景色とも今日でお別れか~」



バルコニーに出てゆっくりと朝焼けの海を眺めた後、
朝8時頃、荷物をカバンにまとめて宿をチェックアウト。

帰りの飛行機は14時前。
本部から那覇までは車で1時間半かかることを計算しても、
まだ少し時間の余裕があった。



 「なぁお前ら、今日は
  お父さんとお母さんの行きたいところに
  少しだけ行かせてな」



後部座席に乗っていた子どもたちは、
前日に買ったベイ君とルカちゃんのぬいぐるみで
遊ぶことに夢中で、特に反対もしなかったので、
南ではなく少し北へと車を走らせた。

めざした行き先は、
世界遺産にも指定されている「今帰仁城跡」(なきじんじょうあと)。

琉球王国ができる以前の13世紀、
沖縄本島は北部地域を北山、中部地域を中山、
南部地域を南山がそれぞれ支配していて(三山時代)、
北山王の居城だったのが今帰仁城だ。

昔、資料を見ながらコラムだけ書いたことがあったので
前から行ってみたかったんだけど、
「せっかく北部まで来たし、時間があれば行ってみたい」と
最初に言い出したのは、意外にも嫁の方だった。

城といっても、本土のそれとはまったく作りが違って、
山の上に万里の長城のようなクネクネとした城壁が続く。
頂上のあたりに行くと、
海の青と草木の緑のコントラストがとても美しくて、
ラピュタっぽい景色にしばらくうっとりと見とれた。

DSC_1293

子どもたちも一緒だったので
ゆっくり歴史をかみしめながら見て回るほどの余裕はなかったけれど、
「ここは子どもたちが巣立ったらまた来よう」と嫁と約束した。


今帰仁城跡を出発したのは10時前。
ぼちぼちタイムリミットが近づいてきていたので、
那覇のある南へ向けて車を走らせる。

今帰仁村から名護市に入り、海岸沿いにのびる国道58号線を南へ。
4日間過ごした本部半島がだんだんと遠くなっていって、
旅が終わりに近づいていることを実感し始めた。
「今度はいつ来れるのかな…」なんて思いながら。

未練がましく今を残したがるのは大人の性なのか、
目に焼き付けたい景色をカメラでも撮影しようとする僕と嫁。

それとは対照的に、
子どもたちはそんなセンチメンタルなど微塵も関係ない様子で、
ひたすらぬいぐるみでままごとの続きを楽しんでいた。



 「こいつら、ホンマに大人になっても
  ちゃんと今回の旅を覚えてくれてるのかな?
  覚えてくれていたら、いいな」



車のハンドルを握り、
国道沿いの海を眺めながらふと、
今回の旅を自分なりに振り返った。

結果から言うと、僕がしたい旅と
家族が楽しめる旅を両立させることは、
やっぱり難しかった気がする。

ほとんど子どもたちが主役だったし、
海に行って、水族館に行って、The観光客のようなベタなルートだったし。
もしかしたら、子どもたちの心には、
「海がきれいだった」という記憶しか残らないのかもしれない。

でも、「それはそれでいいのかもな」と思った。
歴史や文化まで理解できなくても、
なんとなく沖縄が好きになってくれさえすれば。
そうすればいつかまた、家族揃ってここに帰ってこれる気がした。


国道58号線を走りながら、
「ここはなぁ、昔、合衆国1号線という名前で
 アメリカの軍用道路やってんぞ」と教えたくなったけど、
バックミラー越しに見える子どもたちのはしゃぎっぷりを見て、
言葉を変えることにした。



 「なぁお前ら、沖縄、どうやった?」



    「たのしかった~!!」



      「うみがきれいやった~!!」



 「よ~し、また来ような!」



    「はーい♪」



      「うみにいく~!!」
    



また来れるという確信が引かれていた後ろ髪をほどき、
ジリジリとした強い日差しの中、車のスピードを上げて那覇に向かった。

空はきれいだった。海もきれいだった。
帰りのサービスエリアで食ったブルーシールアイスもうまかった。
ありきたりな旅だったかもしれないけど、
たくさんの時間を家族みんなで共有した。今回はそれで十分だろう。


帰りの飛行機の中、きれいな上空の景色ではなく、
キャプテン翼を読み続ける子どもたちの姿を目に焼きつけた。

「沖縄旅行の帰り」という雰囲気は少しもなかったけれど、
夏のひと時を楽しそうに過ごしている笑顔が、そこにはあった。