No.469  ひめゆりの塔

8月14日、沖縄、昼前。
僕は「ひめゆりの塔」の前に立ちすくんでいた。
 
周りを囲む林から聞こえてくる、鳥の泣き声。
前の日から降ったりやんだりの霧雨で、
濡れて光る桃色の献花。
 
僕は、石碑にかかれた話を読みながら、
小学校の頃を思いだした。
 
給食の後、おだやかな昼下がりの教室。
社会の教科書に載っていた、1枚の写真。
モノクロで知った戦争の痕は、
悲しい小説を読んでいるようにしか感じられなかった。
 
石碑を目の前にした瞬間、
鈍器で殴られたように、地面が揺らいだ気がした。
前にも後ろにも、足が動かなかった。
 
石碑の前には、直径15m、深さ3mの“深い穴”。
精一杯の力で身を乗りだして、穴の深さを見下ろすと、
そこには自然と化してしまった不自然があった。
 
戦争から何十年という月日が経った。
僕達は、いくら本を読んでも本当の戦争を知らない。
 
出来ることは何だろう…
考えなきゃいけないことは、何だろう…
 
そう思ってみても、それはただの慰めに過ぎず、
答えなんて出せない。
 
携帯電話をポケットに入れた、
自分の存在が、ちっぽけに感じた。
 
暗い穴の底には、
雨で湿った落ち葉と一緒に、
ジュースの空き缶が捨てられていた。