No.3631 昭和の親父が夢見た家

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まだ幼稚園にも行っていなかった幼児の頃、
親父の会社の古びた社宅の一室に住んでいた。

そこには産まれてから実質5年ほどしか
住んでいなかったはずなのに、
間取りや雰囲気、蛍光灯の明るさなど、
わりと鮮明に記憶が残っている。

間取りで言えば2LDK、いや、
リビングやダイニングなんてものはなかったから、
2Kのような感じだった。

6畳ほどの部屋に、
ブラウン管テレビとちゃぶ台が一つ。

晩飯の時間になると親父が帰ってきて、
ステテコ姿でビール瓶の栓を開けた。
今思えば、たいして裕福でもないくせに
ビールだけは毎日ちゃぶ台の上にあった気がする。

テレビには、
必ず巨人のナイター試合が映っていた。

当時はまだ王選手が現役の頃で、
幼い僕がジャイアンツファンになるのに
そう時間はかからなかった。

親父は酔うとタバコを吹かして、
ナイターを観ながらいつも僕にこう言った。
 
 
 
 「なぁ息子、
  将来プロ野球選手になって
  デカい家を買ってくれよ~!」
  
 
 
子どもながらに
社宅の部屋が狭い気はしていたから、
僕はプロ野球選手に憧れた。

でもきっと、
親父は待ちきれなかったのだろう。

僕が6歳の頃に中途半端なサイズの家を買った。
戸建にしては結構コンパクトな作りだったと思う。
 
 
今、僕が住んでいる家は、
実家だった戸建の家よりも大きい。
子どもの頃に憧れたソファもある。

うちの子たちは、
それが当たり前だと思って育っている。
羨ましい話だ。

ただ、
「お前らはまだ恵まれてる方やねんぞ」
と言っても通じない。

なぜなら、上には上がいるし、
時代も昭和とはかなり変わったから。

一度親父がうちに遊びに来た時、
「リビングがまだまだ狭いな」と言いやがった。

どうやら、
親父が僕に期待していた家のイメージは、
もっと大きいらしい。

僕も息子に託すかな。

今は好きなだけ飯を食わせてやるから、
いつかサッカー選手になって
父さんと母さんに家を買ってくれ。

できれば沖縄あたりに買ってくれるとうれしいな。
ハンモックは、自分で買うからさ。
 
そんな妄想をしながら、
今夜はビールでも飲むとしようか。