No.3931 天才


「天才」って、誉め言葉なんだろうか?

今とは違い、誰より勉強の成績が良くて
野球も上手だった小学生の頃、
時々友だちからかけられる「天才やな!」という言葉が
僕には馬鹿にされている言葉にしか聞こえなかった。

何というのかな、
僕の陰での努力などまるで知らないくせに
雑にカテゴライズされた感じが気持ち悪かったから。

同じ理由で、
「生まれつき」「先天的」という言葉も大嫌いだった。

能力というものが僕の努力の結果ではなく
たまたま神様が何かを与えただけのように扱われて、
「お前、ラッキーな奴だな」と言われているような感覚が
ずっとずっと嫌だった。
 
 
中学に入り、
思春期を迎えた僕は作戦を変えた。
「生まれつきの天才」なんて言われないように、
自分も努力しているプロセスをわざと見せたり。

でも、結果が良いとやっぱり同じように言われた。
「お前は天才やからエエな」と。

結局、人よりも良い結果を出すと
絶対に何かを言われるんだということに気づき、
高校以降はわざとらしいくらい努力をやめた。

遊んで遊んで、部活も勉強も手を抜いて。
当然学校の成績や運動神経は落ちたけれど、
おかげで「天才」などと言われることはなくなった。

「アホやなぁ」と言われ、
ちょっと人生が楽になった気がした。

そうして楽しく暮らしていたある日、
社会人になる前の秋に
いわゆる「内定者懇談会」のようなものがあってね。

そのグループディスカッションの場で、
翌春から同期となる女の子にこう言われた。
  
 
  
  「その考えすご~い! 尊敬します!」
 
 
 
もちろん、無邪気な彼女は
誉め言葉のつもりだったのかもしれない。
でも、僕は久しく忘れかけていた違和感を
また思い出してしまった。
 
 
 
 「“尊敬”って…。
  会って間もない僕のことなんて
  何も知らないのに…?」
 
 
 
彼女に悪気はないことは明白だったけれど、
また雑に持ち上げられたような感覚がよみがえってきて、
僕の中で「尊敬」という言葉も要注意ワードに追加された。
 
 
以前にこの場で一度
似たような考えを書いたことがあるけれど、
尊敬にしろ、天才にしろ、
相手を誉めるならもう少し具体的に表現すべきだと思う。
逆に、具体的に言えないのなら
気やすく使うべき言葉じゃないよ。

古くはイチロー、最近なら将棋の藤井君とか、
新聞の見出しに「天才」という文字が躍るたびに、
なんだかかわいそうな気分になる。

「スゲェ!」「ヤバい!」「ハンパない!」は
素直な感嘆の言葉だとしても、
もう少し、相手のことも知った上で誉めようよ。

この感覚、特に女性ならわかるんじゃないかなぁ。
「君、かわいいね」よりも
「そのワンピース、とても似合っていてかわいいよ」
の方が良くない?

いまだにこの感覚をうまく伝えきれないんだけど、
最近見た記事の中では、
この文章が一番僕の考えに近いと思った。
良ければご参考までに。
https://www.1101.com/essay/2018-10-10.html