No.534  彼女の実家を訪れた日

 
 
 
   「どうも、はじめまして~。」
 
 
 
車を下りると、
彼女をまんまるにしたようなお母さんが立っていた。

12月16日、日曜日、奈良。
7年目にして、初めて彼女の家を訪問した瞬間だった。
 
 
 
 「はじめまして。○○と申します。この度は…」
 
 
 
お母さんと軽い挨拶を終えた後、たくさん花が植えてある庭を抜け、
家の中へと案内された。
 
 
 
  「あ、どうもどうも。父です。」
 
 
 
イメ-ジとはだいぶ違う、優しいそうな面立ち。お父さんだ。
ちょっと緊張した様子で、僕をリビングへ案内して下さるお父さん。
うわっ、部屋広っ。

改めて、お互いの挨拶を終え、お茶を飲みながら歓談が始まった。
不思議とまったく緊張しなかった僕は、
お父さんとお母さんの質問に、+αの話までつけながら
笑顔で答える余裕ぶり。

安心からか、少し横にいる彼女の表情がほころんだ。

何だろう、すごく変な感じ。
7年間イメージだけだった家やご両親の姿が、今目の前にある…。
そう思った時、少しジーンとした。
 
 
 
   「まぁまぁ、お寿司でも。」
 
 
 
いつのまにかリビングから消えていたお母さんが、
でっかいお盆にのったお寿司とエビスビールを持ってきた。
 
 
 
  「まぁまぁまぁ…」
 
 
 
お父さんが、僕のグラスにビールを注ぐ。
父親と娘の彼氏が初めて交わす杯。
なんだか少し、大人になった自分を実感した。

なんでも、彼女の家系はみんなお酒に弱いらしく、
お父さんも普段はあまり飲まないらしい。
お母さんも彼女も、飲まずに僕達がビールを飲むのを笑顔で見守っていた。

3分も経たないうちに、お父さんの顔がほんのり赤くなってきた。
 
 
 
  「やっぱり、お酒が入らんと話もできませんね(笑)」
 
 
 
少し緊張がほぐれたのか、
お父さんは色々な話を僕にしてくれた。

娘の小さな頃の話、
自分が若い頃、料理人として修業した話、
ジャイアンツの話、景気の話、奈良の古墳の話…etc.。

僕も色んな話をした。
自分の親の話、仕事に対する誇りの話、子供の頃の話…etc.。
お父さんの気持ちに負けないように、
全部気持ちをこめながら。

いつのまにか、
お母さんと彼女は台所の方へといなくなり、
気がつけば、
男同士の会話が30分ほど続いていた。

ようやくお母さんと彼女が席に戻った、その時。
お父さんが、まっすぐこちらを向いた。
 
 
 
  「実はね、会うまでは
   やっぱり私も緊張していたんですけど…、
   いやいや、安心した!」
 
 
 
 「そうですか?ありがとうございます!」
 
 
 
  「握手してもらえませんか?」
 
 
 
 「え? あ、ハイ(笑)」
 
 
 
お父さんの大きな手。
僕はその手を、両手でしっかりと握った。
まるで、大切な卵を包みこむように。

気がつくと、目の前に
「お吸い物」が並べられていた。
なんでも、お父さんが前の日、
店から材料を持ち帰って、
日曜の朝から時間をかけて作って下さったのだそうだ。

それを聞いただけで涙が出そうだったが、
おわんをすすってあまりの美味しさに、また涙が出そうになった。

エビスビールを缶で6~7本空けた後、
リビングから出て、家を探検させてもらった。
写真でしか見たことのなかった犬の「タロウ」、
彼女の育った部屋。
今までのイメージに、
色と形がついていくのが楽しかった。

日も傾きはじめた17:00ぐらい、
深々とご両親に挨拶をして、彼女の家を後にした。

窓の外には、彼女が通っていた高校、
バイト先、いつも行ってるレンタルビデオ屋。
はじめて来たのに、どこか懐かしい。

途中彼女と、お父さんと交わした“握手”の話題になった時、
彼女がハンドルを握りながら、こんな言葉を漏らした。
 
 
 
  「お父さんは昔から、
   『握手をしたいと思えるような
   男のコを連れて来て欲しい』ってよく言ってたんよ」
 
 
 
僕は思わず、じっと手を見た。
さっきの握手は、ただの挨拶でも、酒の勢いでの行動でもない。
お父さんにとって、26年間育ててきた娘への想いがこもった、
とても意味のある握手だったのだ。

自分がどれほどの人間かは分からない。
ただ、男としての責任と、
家族が増えたような喜びを感じた、
新しい日曜日だった。