No.569  大人になった野球少年

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野球を始めたのは4歳の頃。

「始めた」と言っても、
買ってもらったプラスチックのバットを
振りまわすだけだったんけど。

小学生になった頃。
ゴムボールを使って、
オヤジとキャッチボールやバッティングを始めた。

ボールが遠くにとんだりするのが、
とにかく楽しくてたまらなかった。


小学生3年生になった頃。
野球チームに入った。

上級生をさしおいて、
セカンドのレギュラーポジションをとった。

よく分からなかったけど、
試合を見にくるおじさんによく誉められた。



 「大人になったらプロ野球の選手になって、
  お父さんとお母さんに豪邸を建ててあげる!」



オヤジとオカンは喜んで、
ごはんのおかずを分けてくれた。


4年生になった頃。
オヤジがチームの監督になった。

当時、僕のポジションはサード。
サードのノックの時だけ、地をはうようなキツい玉が飛んできて、
ボールをこぼしては何度も監督(オヤジ)に怒られた。
バッティング練習は、僕だけさせてもらえなかった。

監督であるオヤジをにらんで、何かが違う気がしたけど、
口をきかないことが、精一杯の表現方法。

その頃の僕には「言葉」がなかった。
オカンはそんな僕を見て、
よく家の前でバッティング練習につきあってくれた。


6年生になった頃。
監督がオヤジから他のおっちゃんに代わった。

同時に、僕はショートでキャプテンに。
秋の大会で、万年最下位だったチームが準優勝。
餃子の王将でパーティーをした。また、野球が楽しくなった。

オヤジとは、あまり口をきかなくなっていた。


中学生になった。
色んなクラブから誘われたけど、
迷わず僕は「野球部」に入った。

よく分からなかったけど、
オカンは微笑んで飯をよそった。
オヤジは新聞を立てたまま、
聞いて聞かないようなフリをした。


中学の練習は、「地獄」だった。
炎天下の中、朝から夕方まで飯も食わず、
水も一滴も飲ませてもらえないまま、
のどが枯れるまで声を出した。

一緒に入った仲間達が、
次々と白目をむいて倒れていく。
我慢できずに便所の水を飲んだヤツは、
こっぴどく怒鳴られた。


中学2年生になった頃。
いつのまにか、一緒に入った仲間が半分やめた。
グレて学校に来なくなったヤツもいた。

僕は最後まで部に残って、レギュラーをとった。
自分には野球しかなかったから。
オカンから話を聞いたのか、たまにオヤジが試合を見にきた。


高校生になった。
野球部から誘われたけど、僕は野球部に入らなかった。

好きだった野球が、これ以上辛いものになるのがイヤだった。
誰にもその理由を話さなかった。

オカンは少し淋しそうな顔をした。
オヤジは聞いて聞かぬふりをした。
僕は黙って飯を食った。


一晩考えて、こう思った。



 「スポーツは楽しむもの。自分で楽しくすればいいやん」



僕は「陸上部」に入った。
陸上がやりたかったわけじゃない。どこでも良かった。

陸上部の仲間を集めて「球技部」を作った。
サッカー、バレー、テニス、そして野球。
ありとあらゆるスポーツを、自分達で楽しむ方法を考えた。

とにかく楽しかった。
この時の僕には「言葉」があった。
友人に、スポーツの楽しさを伝えるための「言葉」が。

陸上競技はよく分からなかった。
球技は日に日にうまくなった。



 「ハイジャンプって危ないのとちゃうの?」



オカンは、陸上競技について色々と質問してきた。
オヤジは、テレビに映るプロ野球のナイターをじっと見ていた。
親に伝える「言葉」を、僕は持っていなかった。



今。
僕には「言葉」があふれている。

オヤジは、僕の選択を理解してくれるだろうか。
オカンは、途中で夢をあきらめた息子を許してくれるだろうか。

機会を見て、そろそろ話そうと思うのである。
僕にとって野球とは何か、親とは何かについて。
豪邸は、建ててあげられそうにはないけれど。