No.4129 線路にいたセミ


9月になって急に暑くなった。

でも、セミの鳴き声は前ほど聴こえてはこない。
寿命があるからか、夏がすでに終わったからか。

僕がいつも乗る駅前は
草木と田畑しかない緑一色の場所で、
夏場は朝早くからうるさいほどの
セミの鳴き声が響いていた。

今はとても静かだ。
何か、別の場所になってしまったかのように。

今朝、駅のホームで電車を待っていたら、
ホームの下の線路付近を
1匹のセミが歩いていた。

そう、僕もセミが足で歩く姿は
初めて見た気がするけれど、
たしかに歩いていた。
足腰の悪い老人のように、ゆっくりと。

線路の横の凸凹な石に何度もつまずきながら、
少しずつ、前に動くセミ。
何かを探しているのか、
それとも何も考えてないのか。

いずれにしても、
もう先が長くないことは一目瞭然だった。

なんだかとても悲しい気持ちになったけれど、
ホーム上にいる僕にはどうすることもできなかった。
ただ、歩くごとに弱っていくセミの姿を
じっと見守ることしか。

神様が天から人間を見守る気持ちは、
こんな感じなのかな。
一声も鳴かず、歩き続けるセミは、
まるで別の生き物のようだった。

やがて、
線路の枕木にたどり着いたところで、
セミの動きは完全に止まった。
 
 
 
 「そっか…、お前、木を探していたのか…。
  でも、数年前に工事があって、
  その枕木はもう木じゃないんだよ」
 
 
 
セミがその身を横たえた
コンクリート製の枕木が、
やたらと冷たく見えた。

次の瞬間、
区間快速の電車がホームにやってきた。

見えなくなった光景を足下に感じながら、
僕は汗をぬぐって電車に乗り、西へと向かった。
終わるものもあるけれど、
今年の暑さは、まだ続きそうだ。