No.4288 母の日に「時間」を贈ろう

辺りが寝静まった土曜の夜。

「どうしたい?」と僕は訊く。
「一人になりたい」と君は言う。

思えばかれこれ数カ月、
コロナのおかげで朝昼晩、
毎日毎日子どもたちと一緒。

料理、洗濯、子どもの世話。
ただでさえ春休みは
毎年ストレスを抱える時期なのに、
さすがにこれだけ長い外出自粛は辛かろう。

自分だけの時間が欲しい。
でも、愛する子どもたちの存在を
否定したくはない。

女と母、
揺れ動く2つの気持ちの中で
近頃は口数が減っていた。
普段あまり家にいない僕にも、分かるくらい。
 
 
「しばらく放っておいてくれたらいい」と、
君は壁の方を向く。

「放っておけるか」と、
僕はその背中を見つめ続ける。

5月10日、母の日。

今年の君には
赤いカーネーションの花じゃなく、
色のない時間を贈ろう。

僕が子どもたちを連れ出して、
少しでも一人で過ごせるように。

夜までドライブをしても、せいぜい数時間。
それぐらいの孤独じゃ
君の気持ちは満たされないのかもしれない。

家が好きな子どもたちも、
ステイホームのお約束を破って外出することに
やかましく反対しそうだ。

それでも、どちらに文句を言われようが、
僕が悪者になってなんとかするよ。

一家の主だからではなく、
君と子どもたちがどちらも笑顔でいてくれなきゃ、
僕も幸せな気持ちになれないから。
 
 
「行ってきます」と僕は玄関へ向かう。
「ごめん、ありがとう」と君は見送る。

後部座席に子どもたちを乗せたものの、
まだ行き先は決まっていない。

助手席を空けたまま、
タクシーごっこのようなドライブへ。
人が集まる場所は避けたいし、
さて、どこへ行こうか。

カーステから流れる懐かしい曲。
まだ若かった、学生時代の春の曲だ。

「一人の時間が欲しい」と君は言う。
出逢った頃からそうだった。

そんな君と
「二人になれる時間が欲しい」と僕は思う。
出逢った頃より、今はもっと、そう思う。