No.4529 自分の引き出しを開ける時


古畑任三郎。

「王様のレストラン」を観て以来、
三谷幸喜の脚本が好きだった僕が、
完成に虜になったシリーズ作品だ。

田村正和が亡くなった後、
追悼的に再放送がやっていたから
久しぶりに録画して観た。

改めて、うまい。
ストーリーの中にちょいちょい
隠し味のように挟む技が本当に知的だなと思う。

知とは引き出しのようなもので、
誰しも自分の引き出しを持っている。

引き出しがたくさんある人もいれば、
少ない人も。

引き出しがたくさんあるからと言って
これ見よがしにたくさん開けて見せられたら
なんとなく感じが悪いし、
少ないくせに何度も同じ引き出しを見せられても
それはそれで興ざめする。

知とは、
それを出すタイミングと量の
バランスが大切なのだ。

三谷幸喜の脚本の良いところは、
そのあたりのバランスなんだろうなと
改めて思う。

昔は気づかなかったけど、
このくらいの年齢になるとよく分かる。

僕自身はどんな人間でありたいかと聞かれたら、
引き出しはあるけれど
必要な時以外は開けない男でありたい。

常に引き出し自慢をしている人よりは
いざという時に、
開ける引き出しが分かっている人の方が
カッコイイと思うから。

「引き出しを増やしたいなら本を読め」
誰かがそう言う。一理はある。

ただ、僕は読まない。

誰かが手早くまとめた知は
Amazonで引き出しを買うような便利さはあるけど、
僕は、引き出しをこの手で、
DIYで作りたい性格だから。

感性で捉えて、考えて、
世界で1つの引き出しを作るイメージ。
こうして毎日書いているのは、
試作品を作っている感覚なんだよ。

何千回も書いたからこそ、つかんだ感覚がある。
だからこそ言える言葉もある。

僕はそういう人生がいい。

誰かが困った時に、
自分の引き出しを
そっと開けられる人でありたい。