No.747 「失敗も一つのアートだよ」(by 建築家・安藤忠雄さん)

うろ覚えの部分もあるけれど、
ぜひおはなししたい話がある。

少し前の話になるけれど、ある小さな街が、
かの有名な建築家、安藤忠雄に建築物の設計を依頼した。

工事は、地元の小さな会社数社が担当。
建築会社に勤務するAさんは、
「自分が安藤忠雄の建築物の現場監督になる」ということに、
緊張して夜も眠れなかったそうな。

毎日精神をすり減らしながらも、一生懸命工事を指揮するAさん。
そうした努力のかいもあり、安藤忠雄のアーティスティックな
建築物は、日を重ねるごとに完成形に近づいていた。

  「もう少し、もう少しだ…」

Aさんが初めて工事を終わりを予感した、その日。
ガチンコ風にいうと“とーんでもないこと”が起きた。
なんと、昨晩慎重にセメントを塗ったはずの壁部分に、
「ヒビ」が入ってしまっていたのだ。

がっくりとうなだれるAさん。

 
  「…なんてことだ、先生になんて言えばいいんだ…」

戻らないヒビを見つめるたびに、安藤忠雄の怒りくるった顔が浮かぶ。
けれど、工事責任者としてここで逃げるわけにはいかない。
Aさんは、恐る恐る安藤忠雄にヒビの件をうち明けた。

すると、安藤忠雄はこう言った。

   「わざとやったわけじゃないんだろ?
    一生懸命やったんなら仕方ないじゃないか。
    柱の傷も、そこに人や自然の力があったという一つのアートだよ」

その言葉を聞き、思わず目頭を熱くするAさん。
彼はその後、さらに一生懸命工事を指揮し、
結果、おおよそ設計図どおりの建築物を完成させた。

設計図とは異なるのは、
壁にヒビという工事の歴史が刻まれたこと。

完成した建築物は、
小さな街で起こった小さなドラマを
これからずっと語りついでくれることだろう。