No.844 結婚 〜両家顔合わせ〜

5月。
梅田にある某日本料理屋の一室を借りて、
初めて両家の顔合わせをした。

お互いの親を合わせるだけで、
なぜこんなにドキドキするのか分からなかったけど、
とにかくなんだかドキドキした。

店の前で、初対面。
互いの両親が「この度は…」「いえいえこちらこそ…」合戦を
始めると、なんだかその光景がおかしくて、一気に緊張がほぐれた。

座敷に通された後は、完全なるうちの親父ペース。
「生涯営業」を誓う親父の営業体験話は、
とどまることなく続いた。

と、向こうのお母さん。

  「お父さん、面白いわー。
   いや、ほんでも、よい息子さんを持って幸せですね」

そこからは、僕の話題が中心に。
親父がさらに流暢にこう語る。

 「いやいやお母さん、こいつはアホですからね、
  ワシがしょっちゅーどついて育てましたんや」

たしかによく殴りかかってきたけど、
中学ぐらいから俺のほうが勝ってたやないか。

 「ワシがソフトボールチームの監督になって
  思いっきり鍛えた時ぐらいからね、
  こいつはワシのことを恨んどるんですわ」
 

おっ、ほとんど正解。

 「まぁ、たしかに野球は上手でしたわ。
  上級生よりもね。実力で言えばレギュラーでしたわ。
  でも、そこは先輩を立てなアカンと言うたら、
  こいつは思いっきり反抗しよりましてね」

なんで野球うまかったからって、
背番号取り上げられなアカンねん。
バッティング練習俺だけ禁止になるねん。

そりゃ反抗するわ。

 「それをこいつは根に持ってると思うんですわ。
  まぁじきにワシのやってることの意味が
  分かると思ってたんですけどね、まだまだ分かっとらんようですわ。」

分かるか、そんな年上に対する誤った敬意の払い方が。
ルーキー1年目から最多勝とった松坂を
実力あるのに35歳まで温存せぇっちゅーんかい。

 「まー、こんなバカ息子ですけどね、
  自分の筋だけは持っとるんですわ。」

 「間違ったことはせんよーに育ててきましたんで、
  どうぞよろしくお願いします。」

…よろしくお願いします。

 「彼女もなんかあったらワシに言いや。
  いつでもどつきにいったるからな。」

来んでエエわ。ボケ。

その後、なんだか分からないうちに
向こうの両親の薦めで親父に酌をさせられた。

飲め、このクソ親父。
でも…、サンキューだ、この野郎。と心の中で言いながら。

やがて、両家顔合わせは終了した。
両家がわかれ、親父とオカンをJRの改札まで見送った時、

 「ワシの仕事は終わりや。
  これからの進め方はお母さんに逐一相談せぇ。
  ほな、帰って寝る。」

親父はそう言って、背中を向けて帰っていった。

くそー、なんだか分からんが、
ちょっとカッコいいじゃねぇか。

しばし、タバコを吹かしながら考えた。
やっぱり親を越えるにはもう少し時間がかかるようだ、と。

くそー、あのヘンテコ野郎。