No.983 助手席の女 運転席の男

 
    「助手席」
 
あ、車運転できるようになったんだね。
こんな都会の路を、地図も見ずに走れるようになったんだね。
 
私の知らないところで、
いつのまにかあなたは大人になったんだ。
あなたの知らないところで、
私もいつしか子どもじゃなくなったけど。
 
覚えてる? 小学校の近くにあった文房具屋さん。
この前つぶれちゃって、ローソンになったって。
近くにあった“びわ”の木も、枯れちゃった。
 
変わっていくって、寂しいね。
新しいのって楽しいけど、なんだか冷たい気がする。
 
こんなことをいう私って、やっぱりおばさん?
いやだいやだ。大人になんてなりたくない、なんて。
 
ねぇねぇ、そんなにスピードあげないで。
まだ帰りの駅に着きたくない。
 
次の信号、赤になれ。
次も、次も、その次も。
あともう少しだけ、あなたの隣にいさせてよ。
 
 
 
 
    「運転席」
 
あ、ハイヒール。いつのまにかピアスも空けちゃって。
なんだか綺麗になったな、こいつ。
やべ、何赤くなってんだ俺。
 
さっきから何もしゃべんないけど、
何怒ってんだろ?
 
あ! そっか、忘れてた。
今日、こいつの誕生日だ。
 
電車で帰るって言ってたよな。
まだ時間、あるのかな?
 
堀江にあったあの店、7時までだっけ?
あと15分か、飛ばせばまだ間に合うな。よし。
 
次の信号、青になれ。
次も、次も、その次も。
いきなりプレゼントわたしてやろうっと。
 
昔から変わらないこいつの笑顔が、
俺は一番好きなんだ。