No.1012 夫婦

真夜中のタクシーは静かだ。
こちらが黙っていれば、運転手も話してこない。

ずっと黙って車の窓の外を流れるネオンを見ていたい、
昨日はそんな夜だった。

チャイムを押さずにそっと家のカギをあけて、
後ろ手で静かに閉める。

シャツを着替えるために寝室に入ると、
嫁がテレビをつけたままベッドで寝ていた。
先に寝てろと言ったのに、ぎりぎりまで起きていたんだろう。

起こさないようにタオルケットをかけなおし、
晩飯を食いに台所に行くと、テーブルの上に
サランラップに包まれた豚肉のしょうが焼きと白飯が用意してあった。

 「あ、うまそ」

お茶を入れようと冷蔵庫に近づくと、
マグネットでメモが貼ってあった。

  おそくまでおつかれさんやったね。
  冷蔵庫のなかにサラダも入ってるから食べてな。
  早く寝ーや。

さっきまでどこか濁っていた心の水が、
すーっと透きとおっていく。
1人で食う晩飯が不思議と寂しくなかった。

シャワーを浴びて、再び寝室へ。
すやすや眠っている横顔に小声で「さんきゅ」といってから、
夜が明ける前に床についた。
「明日もがんばろう」と心に念じながら。

「結婚してどう?」とよく聞かれる。
何が変わったわけでもないけれど、
前よりも少しだけ強くなろうとしている自分がいる。

僕も以前はそう思っていたけれど、
「自分が一人前になったら結婚しよう」なんて考えは
捨てたほうがいいと思う。

大人はみな、一生懸命大人になろうとしている子どもだから、
力を合わせて強くなる、という道もいいんじゃないかな。