No.1307 電車男は2度死ぬ

夏ぐらいだったかな、
おはなしで、僕が通勤途中に電車で出会った変な男
(やたら綺麗なお姉ちゃんの後を追いかける男)の話をしたと思うけど、
あれからずっと、毎朝その男(以下、電車男)と一緒になる。

今や通学友だちならぬ、通勤友だちだ。

一緒の時間に通勤している人というのは、
たいてい同じ時間の同じ車両に乗るものなので、
電車男以外にも、毎朝顔を合わせるメンバーが数人いる。

その人たちも、電車男の妙な行動に気づいているのか、
最近彼の隣には誰も座らず、満員電車の中で
彼の周りだけぽっかり空間ができている。

僕や他のメンバーの中では、
そこは「神の領域」のようなもので、
決して立ち入ってはいけないエリアとして理解していた。
ところが今朝、その領域に
普段は見かけない美人のおねえちゃんが入ってしまったのだ。

まるで罠にかかった羊を襲う狼のように、
ジリジリと焦げそうなぐらいの熱視線で女性を見つめる電車男。

「…やばい、やばいよ」、
周りのみんなは心の中でそう思っていたと思う。

でも、お姉ちゃんは雨に濡れた折りたたみ傘を
カバンにしまうことに夢中で、そんなことなど知るよしもない。
しばらくの間、車両の中になんともいえない緊張が走った。

数分後、僕と同じ駅でお姉ちゃんが電車を下りると、
予想どおり後を追いかけてくる電車男。

人混みをかきわけ、ささっとお姉ちゃんの背後をキープするまで、
3秒もかからなかった。

僕の頭の中に、去年の悪夢がよみがえる。

 「あぁ…、たしかこの男、
  このあと体を密着させるんだよなぁ…」

その記憶のとおり、
電車男の腰だけが不自然に前方移動し、
今にもお姉ちゃんの体に触れかけていた…、その時である。

   「あっ!!」

突然電車男が大きな声で叫び、
エスカレーターを逆走しはじめたのだ。

   「ふぐぅー、」

エスカレータを下り、
今にも閉まろうとしていた電車の扉を
一生懸命こじ開けようとする男。

それを見てようやく気づいた。

 「(笑) あの人、お姉ちゃんに夢中で、電車に傘を忘れたんだ」

数秒後、「プシュー」という扉の閉まる音とともに、
無情にも電車は発車した。
傘を取りに戻った、男を乗せて。

上っていくエスカレータから、
必死で電車の扉をこじあけようとしている男の顔が見えた。

正義は勝つ。悪は去る。

そんなドラマのような展開に、
少し感動を覚えた僕であった。