No.1365 拝啓 中田 英寿さま

今から10年ほど前、まだ学生の頃。

草サッカーの試合を終えた後、先輩の家にたむろっていた僕らは、
サッカー日本代表の話で盛り上がっていた。
「これからの日本代表って、
誰が引っ張っていくんですかねぇ」と。

名波、藤田、前園、城、小倉…、
いろんな名前が出たと思う。
でも、なんだかしっくりこなくて、
僕らの会議は暗礁に乗り上げていた。

その時、僕がテキトーに言ったのだ。
「ベルマーレに入った、中田とかどうなんすかねぇ?」
もちろん、そんな一言が
その後、とてつもなく大きな意味を持つことなど
その当時は知る由もなかったーー。

時は流れ、2006年7月3日。
「中田英寿 現役を引退」。
昨晩、嫁からのメールでそのニュースを知った。

突然のことと言えば、突然のこと。
正直、驚いた。

でも、長年中田ファンをやってきた嫁は、
「ワールドカップ前から、
ヒデが引退を考えていることは分かっていた」と言う。

正直にいうと、僕は中田という人間に対して、
あまり良い印象を抱いていなかったのかもしれない。
その理由の大半は、嫁(当時は彼女)が僕と同等、もしくはそれ以上に
中田という人間を高く評価していたからであり、
ただのやきモチだったんだけど。

孤高の天才と呼ばれた彼が
時に代表チームで孤立するたびに、
「中田なんてもういらんやろ?」と言っていた。
今思えば、なんともしょーもないひがみだ。

でも、やっぱり心のどこかで
彼という人間をものすごくリスペクトしていた。

それに気づいたのは、昨晩、
「中田引退」の知らせを聞いて友人から一通のメールが来た時だった。

「中田はたしかにすごいけど、『俺が周りに気づかせる』とか、
いつも上目線からの発言だったのがイヤだった」という友人の意見を聞いて、
たしかに納得したのだ。僕もそう思ったことはあったから。

でも、じっくりと考えて、やっと気づいたのだ。
自分にとって、彼という存在が大きなものであったことを。
僕は、こう友人に返信した。

> 俺はどっちの気持ちもわかる気がするけどな。
>
> ヒデが上から目線だったとしても、
> しゃーないと思う。
> 少なくとも、日本では一番上の選手だと思うし。
> まー、柳沢が言ってたら俺も腹が立つかもしれんけど。
> でも、極端な話、ヤナギが言っててもそれはそれでエエんかもな。
>
> 一度頂点に触れた人には、2種類のタイプがあって、
> 一つはその気持ちよさを独り占めするタイプ、
> もう一つは、その気持ちよさを多くの人と分かち合おうとするタイプ。
> ヒデは後者であり、悪い人ではないと思うよ。
>
> もちろん、分かち合い方は好感の高いものではないかもしれない。
> でも、分かち合おうとする使命感は、
> むしろ、イチローやカズの比じゃないくらい高い。
>
> 俺らは長い間、その使命感に助けられ、
> 歓喜し、夢を見させてもらった。
>
> もしも中田のような存在があと数人いたら、
> 中田はあそこまで周りにきつくやらなかったさ。
> でも、誰もいなかった。そういう意味では、可哀想だと思う。
>
> 「ありがとう」は、あってもいいと思うよ。

同じサッカーの有名選手、
ロベルト・バッジオがこんな名言を残している。
「PKを入れたことは誰も覚えていないけど、
 外したことはみんな覚えている」

人間は、悪いことほど記憶に残るものだから、
何かをやって悪い印象を記憶させるぐらいなら、
やらずにいたほうが楽なのだ。

中田だって、チームメイトに檄を飛ばしたり、
日本代表に警鐘を鳴らすことなど、
やらずにおこうと思えばそうできたんだ。

でも、彼はやってきた。

相手を立てたり、必要以上に相手に迫らない
日本人の気質に反するからか、
よくその態度を標的に「王様」と揶揄されたりもしたけど、
事実、彼の行動によって日本代表は進化してきたのだ。

だから、僕らが今やるべきことは、
やっぱり拍手かな、と思う。

冷めてしまった人間には、
ぬくもりは、ただ熱さにしか感じない。
それでも、本当にぬくもりのある人は、言い続ける。

クールに見える彼が、実はどれほど優しい人間だったか。
嫁が彼にひかれていた理由も、
今ではわかるような気がする。

HPで「ありがとう」とメッセージを残した彼に、
返事をしたいな。

「こちらこそ、夢を見させてくれてありがとう。
あなたがやってきた功績は、
ちゃんとみんなの胸に残ってるよ。」って。

そして、ついでにこう言ってみたい。

「優しいあなたへ。
一緒にsunny-yellowグループやらない?」と。