No.1432 “SHINJO” is FOREVER

SHINJOだけじゃないのはわかってる。
でもやっぱり、SHINJOでしょ。

昨日、プロ野球チームの日本一を決める日本シリーズで
日本ハムがチャンピオンに輝いた。

「44年ぶりの日本一」という事実を見てもわかるし、
野球を知っている人はもっとわかると思うけど、
日本ハムというチームが日本一になるというのは、
実はものすごいことなのである。

少なくとも、僕が子どもの頃なんて、
「日ハム」といえば弱小球団の代名詞だった。

巨人や阪神に比べたらファンの数も圧倒的に少なかったし、
玄人うけする選手はいてもスター選手はおらず、
ず〜っとBクラス(下位)。
近所に日ハムのオレンジ野球帽を
かぶっている奴がいようもんなら、
みんなで「ダサいんじゃボケぇ」と
はやしたてに行ったぐらい。

絵に描いたようなダメチームだったのである。

数年前、そんな日ハムに
アメリカから飛行機に乗って
一人の男がやってきた。
「SHINJO」こと新庄 剛志、その人である。

長年、日ハムにはいなかったスター選手。
しかも、ある意味で映画俳優以上の大スター。

前年までメジャーリーグでプレイしていたSHINJOの加入に、
ファンは期待した。
「もしかしたら…、SHINJOが
 “奇跡”を起こしてくれるかもしれない」と。

彼はそんな期待を裏切らなかった。

持ち前の天真爛漫さと、
前向きなプレイスタイルで
若い選手たちを引っ張り、自信を与え、
チームの順位も上昇。
「優勝を狙えるかも」、そんな予感が
徐々にファンや選手の間に生まれつつあった。

そして、2006年。
いよいよシーズンが開幕し、
ファンもチームも「今年こそ」という思いで
試合にのぞもうとしていたその時、
SHINJO、突然の引退宣言…。

あまりに予想外のことで、
誰もが信じられなかった。
いや、信じたくなかった。

しかし、引退宣言とともにこぼした彼の一言が、
ファンと選手の団結をより一層強くした。

  「最期のシーズンに、
   このチームで日本一になりたいんです」

その後、日ハムの快進撃は止まらなかった。

去年アジアチャンピオンに輝いたロッテをはじめ、
王監督率いる常勝球団ソフトバンク、
絶対的エース松坂を擁する西武を次々となぎ倒し、
ついにパリーグを制覇。

セリーグチャンピオン中日との日本シリーズでも、
まさに「チームの団結力」ひとつで4勝し、
夢のまた夢だった日本一を獲得した。

昨晩の試合で日本一を決めた瞬間、
選手が真っ先に胴上げをしたのは
監督でもオーナーでもなく、
SHINJOだった。

スランプに陥っても、チームが低迷しても、
絶対に下を向くことなく、
常に明るい笑顔でチームを引っ張ってきたSHINJO。

その彼が、チームメイトに胴上げされ、
美しく宙に舞いながら、泣いていた。
引退宣言の日に掲げた夢のとおり、
北の大地で、たくさんのファンの目の前で。

目を真っ赤に腫らしたその顔は、
もう、ヒーローを演じるSHINJOではなく、
一人の野球人、素顔の新庄だった。

試合後、彼も自分で
「映画やマンガみたいなストーリーでしょ」と言ってたけど、
本当にそう思う。

弱小チームが、一人の男の加入によって
日本一のチームに。
空想の世界じゃよくある話だけど、
現実の世界では見たことがない。

僕らは、SHINJOに長い間
夢を見させてもらった。
そして、夢が実現する瞬間も。

たくさんのファンに惜しまれながら、
SHINJOはユニフォームを脱ぐ。
まるで、野球マンガに出てくるヒーローのように。
もう、あの赤いリストバンドを見ることはできない。

20世紀が「記録の王、記憶の長嶋」なら、
21世紀は「記録のイチロー、記憶のSHINJO」だ。
たとえこの先、
どんなにすごい野球選手が出てきても、
きっと、彼のことは誰もが忘れないだろう。

長嶋茂雄が引退した翌年、僕は産まれた。
長嶋のプレイはテレビでしかみたことがないけど、
たくさん親父から聞かされたから、
そのプレイがどんなに華麗だったか、
どのくらい感動を与えてくれる選手だったかは知っている。
記憶はいつまでも残るんだ。

あなたの栄光は、
今年産まれた息子にも
ちゃんと語り継いでいくよ。

一人の野球ファンとして、
SHINJO、夢と感動をありがとう。