No.5319 雨のイキリーマン
昼飯に行こうと外に出ると、
雨がパラパラ降っていた。
天気予報は雨のち曇り。
強い雨ではなかったけど、
霧雨というほど弱くもなく、
3分も歩けば濡れそうな程度だったので、
僕は迷いもなく傘をさして歩き始めた。
昨日から天気が崩れていたこともあり、
街を歩く人たちもみんな傘をさしていた。
と、歩道の向こうの方から、
人並みに紛れてこちらへと歩いてくる
細身のリーマンの姿が見えた。
手に持っているのに傘はささず、
コートの襟をエリマキトガケ並みに
上へ立てて。
その瞬間、胸が躍った。
「来た!久しぶりに見るイキリーマンだ!」と。
年齢は20代後半ぐらいだろうか。
おそらく彼もランチ休憩中のようで、
カバンは持っていなかった。
持っているのは黒い傘だけ。
でも、彼は傘をささず、
むしろ雨を楽しむかのように
薄ら笑いを浮かべて
濡れながら歩いていた。
水も滴るいい男、
そんな古いイメージに
酔いしれているかのように。
歩道を歩いていた何人かが、
不思議そうな表情で
すれ違った彼の方を振り返っていた。
無理もない。
だって、傘を持っているのに
あえて傘をさしていないのだから。
僕は彼の行方がどうしても気になり、
すれ違った後、すぐに方向を変えて
彼の後ろを歩いてみることにした。
その後、少し雨が強くなってきた。
彼はまるで「雨に唄えば」の主人公のように、
手のひらを空に向けて
その強さを楽しんでいた。
髪は濡れすぎて
髪型の原型もなくなり、
後ろから見ていると
萎れたインゲンのようにも見えた。
でも、彼は傘をささなかった。
それどころか、
公園の前で立ち止まり、
耳にワイヤレスイヤホンをセットして、
天を仰ぎ始めたのだ。
どんどん濡れていく顔。
何やら音楽を聴きながら、
気持ちよさそうに酔いしれる彼。
その瞬間、さすがに僕も
笑いそうになったけど、
観察中の身なので
じっと気配を消しながら
しばらく彼の生態を見守り続けた。
昼間から酔っ払い過ぎなほど、
雨に濡れた自分に酔いしれる彼。
あのイヤホンからは、
どんな曲が流れているんだろう?
中西保志の「最後の雨」か?
徳永英明の「レイニーブルー」か?
それとも、八代亜紀の「雨の慕情」?
いや、世代的にはもっと
若いアーティストの曲かもしれないな。
そこで時間切れになって、
僕は職場へ戻った。
雨はその後も降っていた。
今、職場に戻ってきてふと思ったんだけど、
さっきのイキリーマン、
あれだけ派手に濡れておいて
午後の仕事はどうするんだろう?
カバンも持たずに手ぶらで帰って
「営業行ってきました~」
とも言えないだろうし、
傘を持っているわけだから
「傘忘れちゃって」とも言えないし。
うーん、続きが気になるけれど、
残念ながら同僚ではない。
嗚呼、同じ職場にイキリーマンがいたら、
毎日腹の底から笑えるのに。
正統派のイキリーマン、
意外と最近見かけなくなったけど、
春になったら新種が増えることを期待する。