No.2443&2445 おばあちゃんの危篤 〜救命と延命の境界〜

●今日のおはなし No.2443●

待つからには、
たいてい、楽しいことが訪れるもの。

楽しくないことなら、
人間は待ちはしない。

でも、現実として
楽しくないことを待たなければいけない時もある。

今の、僕のように。

先週、ケアハウスに入居していた祖母(父方)が
後頭部を打ち、くも膜下出血を引き起こした。
そして今も、意識不明の状態が続いている。

医師からも「もう戻らない」と宣告され、
親父も覚悟を決めたらしく、
僕にも葬儀準備の件などについて色々と相談があった。

たしかに、もう回復しないのかもしれない。
でも、まだ生きている。

だからといって何ができるわけでもなく、
僕たちは、待つしかない。

明日来るのか、来月になるのか、
まったくわからない。

僕は、何を待っているんだろう。
そもそも、死を待つのはおかしくないのか。

そんな葛藤に苦しみながらも、
いずれやって来るその時を
待つしかない自分がいる。

 

●今日のおはなし No.2445●

朝、京都の桂駅を出ると
小雨が降っていた。

数分後、駅まで車で迎えに来た親父と合流し、
おばあちゃんが搬送された病院に向かう。
車中、親父から病状や経緯などを詳しく聞いた。

南丹市にある病院で頭を打って、
外傷性のくも膜下出血を引き起こしたのは、10月中旬。
最初はまだ、多少意識もあったらしい。

ハンドルを握りながら、
親父がぽつりとこう言った。
 
 
 
「人の認識もちゃんとできてなかったけどな、
 おばあさんがな、『S史、S史』って
 お前の名前を呼んどったわ」
 
 
 
それを聞いて思わず泣きそうになって、
車窓の向こうを見つめた。

病院に着き、病室に入ると
酸素呼吸器をつけたおばあちゃんがベッドに寝ていた。

目は半開きで、
起きているのか、眠っているのかもわからない。
それでも、しっかりと呼吸はしていた。
なんとなく、まだ助かるような気がした。

しばらくしたら主治医の先生から呼ばれ、
親父と一緒に奥の部屋へ。
病状と今後の説明が始まった。
 
 「一旦落ち着いていたのですが、
  昨晩から急に、脳梗塞の症状が出ています。
  理由はわかりません。
  いずれにしても、予断を許さない状況です」
 
 
 
親父も僕も覚悟はしていたから、
動じることなくその説明を聞いた。
主治医は僕たちの顔色を確認しながら、
ゆっくり続けた。
 
 
 
 「急変することも頭に入れておいてください」
 
 
 
  「先生、もう周りくどい言い方はいいですわ。
   それは、死ぬってことですな?」
 
 
 
 「はい、そういう可能性もあるということです。
  もちろん我々としては全力を尽くします。
  具体的に、救命手段としては3つありますが、……」
 
 
 
主治医から、
急変した場合の処置に関して説明があった。

これまでの人生で意識したこともなかった、
「救命」と「延命」の話についても。

頭だけでは理解できない部分もあったけれど、
親父はこう答えた。
 
 
 
  「元気な時から『延命治療はせんといてくれ』と
   言われていましたんで、
   やるだけやって難しければ、あきらめます。
   本人もそれを望んでいると思いますので」
 
 
 
 「わかりました。全力は尽くします」
 
 
 
病院から駅まで送ってもらう車中、
親父は何度も同じ言葉を繰り返していた。
 
 
 
  「まぁ、仕方ないな。仕方ない」
 
 
 
実の母の死を前に、親父だって
本当はどうして良いかわからないんだ。

それは僕も同じだったけど、
 
 
 
   「とりあえず、何かあったら
    京都まで一番近い俺が駆け付けるわ」
 
 
 
と言って、
駅前のロータリーで親父と別れた。

その後、すぐに電車に乗る気分にはなれず、
一人で小さな喫茶店に入った。

頭の中には、ずっと
「救命」と「延命」の二文字が流れていて。

考えても答えが出ないから
ケータイで調べてみたら、
医療関係者や遺族の色々な言葉が見つかった。

救命と延命は、本来、別のものではないらしい。
救命の延長線上に、延命があると。

救命処置を何度行っても効果がない場合、
その処置がいつしか延命の意味合いを持ってくる。
どこかに線引きがあるわけではなく、
心の捉え方だけの話なのだ。

医療関係者ですら、その境界に悩むらしい。
当然、家族である僕たちが悩まないわけはない。

それでも、親父の判断は
間違っていなかったと思う。

きっと、帰る車中で
色んな呵責に苦しんでいるだろうけど、
誰かが出さなければいけない答えだから。

でも、こんな言葉を書きながら、
自信を持てない自分もいる。

病院を出る時、
おばあちゃんの額を触ったら、温かかった。

電車で帰る時、
手に残ったそのぬくもりが、僕を苦しめた。