No.2852 クリスマスイブの夜、レストランバーの裏側で生まれたドラマ

飲食店舗は、たいてい
「ホール」と「キッチン」に分かれている。
 
バイト経験のある人なら
分かるかもしれないけれど、
その間はなんともいえない高い壁がある。
 
ホールにいるウェイターやウェイトレスには
対話が上手な人が多く、
キッチンにいる料理人には
いわば職人気質の無口な人が多い。
互いに相反するのもなんとなくうなずける。
 
「料理を早く出したい」vs「時間をかけて料理を作りたい」、
「皿を早く片づけたい」vs「洗い物は後に回したい」、
「楽しくやりたい」vs「静かにやりたい」などなど、
何かと意見が合わないことが多いのだ。
(参考「王様のレストラン」)
 
 
レストランバーで働いていた時、
僕はホール側のスタッフだった。
 
注文とともにお客様の要望を聞き、
キッチンに持って帰るたび、
なんとも言えない緊張感を感じていた。
 
キッチンの人は、
みんな一回り以上年上で
普段はやさしくて良い人ばかりだったんだけど、
仕事中は本当に真剣で怖かったから。
 
年末、そう、ちょうどこのぐらいの時期から
段々店が忙しくなってくると、
ホールとキッチンの壁はますます高くなっていき、
お互いがお互いに対する愚痴をこぼすことも
日に日に多くなっていった。
 
レストランバーにとって、
1年で1番忙しい日は「クリスマスイブ」。
 
12月を迎える頃には、
ホールとキッチンの関係は
かなりギスギスしていて、
いつもなら閉店後に
ホールがキッチンのために淹れる
「おつかれさまコーヒー」の習慣もなくなっていた。
 
クリスマスイブは予約制で、
Jazzシンガーのディナーショーが開かれる。
 
ホール側は、配膳やカクテル作り、
音響の準備で大変になることが分かっていたし、
キッチン側は、いつもより難易度の高いコース料理を
数多く作らねばならないことが分かっていて。
 
互いに真剣だからこそ、
イブ数日前の打ち合わせでは言い争いも多くなった。
 
そんな時だったと思う。
 
ホールにいた僕の先輩が、
料理長にこんな提案をしたのだ。
 
 
「イブの日、僕がキッチンのヘルプに入りますわ」
 
 
それを聞き、
ホールの僕たちもキッチンの人たちも、
思わず耳を疑った。
 
そんな発想なんて
まったく頭になかったからだ。
 
先輩はこう続けた。
 
 
「要は、一番バタつくのって
 魚料理を出してから肉料理を出すまでの間と、
 最後のデザートの盛りつけでしょ?
 お客さんが魚を食べ終わるまでの間、
 ホール側は少し時間が空きます。
 そのタイミングで僕がキッチンに入って
 盛りつけを手伝えば、少し早く出せるでしょ?」
 
 
   「でもオマエ…、
    (Bar)カウンターもあるやろ?
    それでホールは回るんか?」
 
 
「まちゃ(=ホールの先輩)もおるし、H(=ボク)もおるし、
 うまくやれば問題ないと思いますよ。
 難しければ、また着替えてホールに戻ればいいし」
 
 
ホールとキッチン、
両方の状況をちゃんと理解した上での提案に
誰一人反対はしなかった。
 
そこからイブまでの数日間、
先輩はキッチンに入って短期集中で料理修行を行い、
残りの僕たちホールスタッフは
1名抜きで回すフォーメーションを練習。
 
そして12月24日、当日を迎えた。
 
 
イブの夜は、満席だった。
 
カップルはもちろん、
お金持ち風の家族連れや、
音楽が好きそうな老夫婦もいたと思う。
 
序盤戦の「きのこスープ」を出すあたりから、
ホール、キッチンともに
予想どおりのてんてこまいだった。
 
でも、
先輩がベストと蝶ネクタイを外して
エプロン姿に着替えた後は、
驚くほどスムーズに配膳が進んで。
 
その日、
満席のディナーショーは
お客様も大満足で幕を閉じた。
 
閉店後、クタクタになりながら
いつものようにカウンターで
シェイカーやグラスを洗った後、
パントリー(=キッチンとホールの間にある場所)に戻ったら、
ディナーコースのデザートと同じケーキが
人数分置いてあった。
 
聞けば、キッチンの人からの
「おすそわけ」とのこと。
 
次の日から、
自然と店に明るい笑い声が戻った。
 
今でも仕事をしていると、
たまにあのイブの日のことを思い出す。
 
大変な時ほど
自分の大変さだけを訴えず、
相手の服に着替える配慮を忘れたくないね。