No.1265 こども同士の心理バトル 〜負けたふりをして勝つマラソン大会〜

小学生の頃、毎年この時期になると
クラスの中にやんわりとした緊張感が漂っていた。

理由はひとつ。
翌月に「マラソン大会」が行われるからだ。

今思えば、「いいじゃん、別に何位になろうと」と思うけど、
子どもの頃、特に男子の間では
足が速いヤツがリスペクトされる風潮があって、
この大会で上位に入るか否かは、ある意味子どもなりの死活問題だった。

1月頃になると、話題はマラソン大会で持ちきり。
同じ学年の男子が集まれば、あーだこーだと予想が飛び交う。

 「去年孝ちゃんが1位やったけどさー、
  今年は小川が速いらしいで」

   「えー?ホンマかそれ?
    ぜったいタケシか崎やんやって」

 「アホか! ほな、オマエ命賭けるかぁ?」

   
   「おぉ、賭けたらぁ!
    オマエ、負けても言いわけすんなよ!」

   

 「オレがいつ言い訳してん! 何時何分何十秒、
  地球が何回まわった時か言うてみぃやー!」

と、こんな感じだ。

その前評判は、いつしか勝手に
「本命」「対抗」「大穴」の選手を決めてしまい、
そこで名前が挙がったやつは、大会当日まで
「なぁ、今年も調子エエん?」「勝てると思ってるんやろ?」と、
有名スポーツ選手並みに質問責めにあうことになるのだ。

ま、それは足の速いやつの世界の話で、
足の遅いやつらはどうだったかというと、
大会当日まで、水面下で大人顔負けの
見事な“提携交渉”が繰り広げられるのだった。

  「なぁ、オマエ本気だすん?」

    「出さへんよー。どうせ足遅いし、
     がんばるだけしんどいやん」

  「ほな、一緒に走ろうや。
   2組のカズもみんなで一緒に走ろうって言ってたから、
   みんなでゆっくりな、約束やで」

    「わかった。ぜったい本気だすなよー。
     本気だしたらシバキな」

こうしてまとまった提携話も、
たいてい、
いざ号砲が鳴れば意味のないものになる。

  (レース中)
 

  「ハッ、ハッ…、ちょー、待てやオマエ!
   本気ださへんって言うたやんけー!」

     「ハッ、ハッ…、出して、へんわボケ!
      オマエが、女子の前で、
      急にスピード、上げるからやろが!」

そんなこんなで、マラソン大会のゴール付近では、
毎年よくケンカが起こってたなぁ。

その横で、1位になったヤツは女子に囲まれながら
完走のご褒美として振る舞われる
「ぜんざい」をカッコ良く食べていて、
子どもながらに「世の中は力のあるモン勝ちだ」と
いうことを悟るのであった。