No.5264 後ろに目がある人

毎朝電車に乗っていると、
いろんな人たちとすれ違う。
 
人であふれた場所は、
人間観察にはもって来いの楽園だ。
 
個人的に「コイツ苦手やな~」という人は、
一見してすぐにわかる。
 
そういう人は、
たいてい前にしか目がない。
 
「目が前にあるのは当たり前だろ」
と言われたらそうなんだけど、正確に言うと
「前しか見えていない人」
「自分のことしか考えて歩いていない人」とでも言おうか。
 
自分以外のことまで見えている人は、
ちゃんと目が後ろにもあるものだ。
 
 
たとえば、
百貨店に入る時のガラス扉が
意外と重かったとしよう。
 
8割ぐらいの人は
目が前にしかないから、
「重たっ!」とは思うものの、
自分が開けたらそのまま通り過ぎる。
 
一方、残り2割の
「目が後ろにもある人」は、
「重たっ」と感じた瞬間、
そのまま扉を手で押さえ、
自分の背後に人がいないかを確認する。
 
重たい扉だからこそ、
子どもやお年寄りが後ろにいたら
ぶつかってケガをするから。
 
 
人間は、
「気づいて」「考えて」「動く」生き物。
 
中でも、個人的には、
「気づく」部分が一番大切だと思っている。
 
でも、今の学校教育では
「考える」以降の教育が中心で、
「気づく」の部分はあまり教えない。
 
結果、
何も考えずに動いてしまう大人や、
誰かに言われて初めて考えて動けるようになる
鈍い大人が増えている気がする。
 
「気づく」って感性の部分だけど、
具体的には視覚や聴覚から始まる。
 
常に周囲の環境に目をこらし、耳を澄ませる。
それができて初めて「気づく」ことができるものだ。
 
視覚がスマホに奪われ、
聴覚がイヤフォンに奪われたまま
まっすぐぶつかって来る人、結構見かけるでしょ?
 
あとは、歩道の上で
絶妙に邪魔な位置に立ってる人とか。
 
あれこそ「前にしか目がない人」の典型例だね。
いや、目の前すら見えていないか。
 
 
目が前にしかないか、後ろにもあるか。
小さなことなんだけど、
この差って本当に大きいんだよね。
 
特に仕事をしていると、
後ろに目がある人とない人の差が如実に出てくる。
 
前にしか目がない人は、気づけず、
自分以外のことや次のシーンを想像できないから
何をやらせても失敗することが多い。
 
会社で偉くなる人というのは、
よく考えられる人でも動ける人でもなく、
最初に気づき、その気づきを
誰かに与えることができる人だ。
 
 
僕は「後ろにも目がある人」が好きだし、
自分もそうでありたいと思っている。
 
もちろん、我が子にも。
 
以前、家族で街を歩いている時に、
息子が店の扉をおさえずに
自分だけ通ろうとしたから
「アホかっ!」と頭をはたいたことがあった。
 
遺伝的に息子は目がいい方だけど、
その才能の使い方をまだまだ知らない。
 
毎日の風呂上がりも次に入浴する人のことなんて
まったく考えずに出てくるし、
ホント、呆れるくらい自分のことしか見えていない。
 
言わなければ、考えて、動けないのなら、
言い続けようと思う。
 
嫌な役だけどね。
昔も今も、「気づく」を育てることが
父親の役目だと思うから。