No.981&987 帰るメール

●今日のおはなし No.981●
 
夜、いつも家に帰る前にメールを打つ。
昔流行った「帰るコール」ならぬ
「帰るメール」ってやつだ。
 
結婚して最初の頃は、
 
 
  帰る
 
 
とだけ打っていた。
しかし、やがて嫁からこんな物言いが。
 
 
「毎日同じ文章なんてオモロない。工夫しなさい」
 
 
嫁の言い分はこうだ。
 
 
「嫁の私をアッと言わせられないぐらいなら、
 クリエイティブを商売にする資格はない」
 
 
ったく、我が嫁ながら筋の通った意見だ。
 
こうして次の日から、
キャッチコピー風にアレンジした帰るメールを
送る日が始まった。
 
これが意外と僕の頭を刺激してくれる。
「今から帰る」ということを、
毎日少しアレンジしながらメールで送らなければならない。
 
面白ければすぐに返事が来るが、
今イチだと返事はない。
 
この間、時間がなくて
 
 
  かえるん
 
 
と送ったら叱られた。
 
 
  かえりーまん
 
 
と打ったら誉められた。シビアな闘いだ。
 
嫁が僕の発想力を認めた瞬間は、
結婚式の2度のあいさつを
どちらも即興で考えて話した時だけらしい。
 
旦那たるもの、
嫁の信頼をいかにして獲得するかは死活問題だ。
楽しみながら、がんばろうと思う。
 
 
 
●今日のおはなし No.987●
 
この間送った「帰るメール」の話が意外と好評だったので、
続きを書いてしまおうと思う。
 
あのおはなしを送ったあとも、
毎日「帰る」をアレンジした言葉に悪戦苦闘している。
嫁の審査はあいかわらず辛口だ。
 
先週、少し疲れてテキトーに
 
 
  かえりっち
 
 
と送ったら、
ひとこと、こんな返信が。
 
 
「ひねりなしやな」
 
 
くっそーと思い、再び考える。
そうだ、コイツはどうだ?
 
 
  かえルーラ
 
 
ドラクエ世代には共感を呼ぶであろう、
ルーラの呪文を使ったこの言葉。
 
まるで飛んで帰るようなイメージを与えて
ナイスすぎる!と、自分では思ったんだけど、
嫁からの返信はこうだった。
 
 
「? わからん。」
 
 
そうだった。
あまりゲームをしない嫁には、遠い言葉だった。
 
ここで僕はキャッチコピーの原点に戻る。
「訴求したい相手の状況や立場をよく考えなくちゃ」と。
 
その時、嫁が
「今晩はカレーやで」といっていたことを思い出した。
 
きっと今は野菜を切って、
鍋をコトコトしている頃か…。
じゃあ、こんなのはどうだ!?
 
 
  カエーのルー
 
 
ドキドキだった。
もはや親父ギャグの世界だ。
 
これが嫁のハートを揺さぶるかどうか…。
数分後、返信が飛んできた。
 
 
「考えすぎやけど、おもろい。」
 
 
よし! あと一押しだ。
たしかに
「いかにも考えました」的なニュアンスが
出ていたことは否めない。
 
そうか、そうだった。
そんなニュアンスを消してさらりと言ってのけてこそ、
ナイスなキャッチだと教わったではないか。
嫁の指摘もあながち間違いではない。
 
よし、相手の状況を考えながら、
より短い言葉で言い切るぞ。
こいつでどうだ!
 
 
  蚊L
 
 
熱帯夜にふさわしい「帰る」メール。
我ながらナイスなできだと思った。
 
何度もやりとりをしているうちに、
返信が来る前に家の前に到着。
ピンポーンとチャイムを押すと、
ゆっくりとドアがあいた。
 
 
「アホやな。はよあがってカレー食い」
 
 
嫁は笑っていた。勝利だ!
 
その晩の食事はいつもよりうまかった。
熱々のカレーほおばりながら、
 
 
  「Lサイズの蚊やで。想像してみ」
 
 
自らのキャッチを力説する僕。
 
 
「あんまりやりすぎたらネタ切れるで」
 
 
と受け流す嫁。
 
嫁の手のひらの上で
転がされているのは分かっているけど、
それを楽しむのも悪くないなと思った。
 
こうして今もまだ、毎晩特訓は続いている。
なんだかんだで少しずつ、成長している自分がいる。