No.308 姉の結婚式 

 「ふー」

慣れない礼服を着た僕は、JR京都駅に立っていた。

平成12年10月14日 土曜日。
姉の結婚式の日。

駅を出た僕は、大きく呼吸をしてから
式場である京都センチュリーホテルに向かった。

ホテルの入り口を過ぎ、
階段を降りて「親族控え室」に入る。
あれ? まだ誰も来ていない。

 「ちょっと早く来すぎたか…。」

そう思った途端、

   「S史!」

振り返ると立派な黒い着物に身を包んだオカンがいた。
ちょっといつもより緊張ぎみの顔で。

   「もうすぐみんな来やはるから。そこで待っといて。」

 「親父は?」

   「まだ上のホテルの部屋で寝転んどるわ。」

やれやれ。
そうこうしているうちに、親戚がやってき始めた。

親戚のおじさんやおばさんに

  「おめでとー!」

  「次はS史クンの番やな」

とか色々言われながら、
小一時間
小さな部屋で時間をつぶした。

式が始まる30分ぐらい前になって、
やっと控え室に親父とオカンが揃って入ってきた。

陽気なウチの親戚のおばさんが
「Y雄さん、花嫁の父の心境は?」と、
ワイドショーのレポーター風に質問する。

     「イヤイヤ、なんともありまへんで。
      やっと嫁に行ってくれて、ひと安心ですわ!」

親父は笑ってこぶ茶をすすった。
オカンはその横で微笑んでいた。

数分後、控え室に姉キ登場。

ほー、これが白ムクってやつかー。
我が姉ながら、なかなかキマッてる。

その後、控え室で
式で読み上げる「誓いの言葉」ってヤツに
サインする儀式が始まった。

姉キが間違って旧姓を書いてしまったため、
室内は大爆笑。
書き直しの紙を用意するため、式の時間が少し遅れた。

結婚式は神前だった。

神主さんが眼鏡をかけてるのが
僕は妙におかしかったが、そうこうしてるうちに
新郎新婦が結婚指輪を取り交わして、無事式は終了。

修学旅行以来の集合写真も撮り終えて、
その後、「披露宴会場」に移動。

今思い出しても
きっとこの披露宴は、
僕にとって忘れることのできない思い出になるだろう。

全員が着席した後、
新郎新婦の入場の時がやってきた。

僕はその時、
以前に姉キがこんなことを言っていたのを思い出していた。

「披露宴で使う曲は、絶対自分達で選ぶねん」

さて、姉キはどんな曲を選んだんだろう?
興味津々で入場を待つ。

その瞬間、曲が流れてきた。
! この曲は…。

僕は少し微笑んでしまった。
「やっぱり兄弟だな」と。

新郎新婦の入場とともに流れてきたその曲は、
僕の大好きな「花咲く旅路」だった。

新郎新婦の着席後、乾杯とともに披露宴が始まり、
それからは新郎の会社の先輩のスピーチや、
姉キの入ってたサークル「ギターマンドリンクラブ」の
方々による演奏や、弾き語りや、挨拶まわりや、
とにかくにぎやかな宴が始まった。

僕と従兄弟は出てくる料理をパクついて談笑していたが、
隣に座ってる親父とオカンは終始ソワソワしていた。

そうこうしているうちに、
新郎新婦はお色なおしのため、一時退場。

その間に、両家のみなさんのテーブルに
僕が作った自己紹介パンフレットが配られ始めた。

「このパンフレットは、新婦の弟さんによる手作りで…」。

司会者からそう説明があった瞬間、
うちの親戚から「おーっ!Sっちゃん、やるやんけ!」
という歓声が上がった。
僕は少し照れながら両手で歓声に応えた。

これまで姉キにろくなプレゼントもしてやれなかった
不器用な僕が、
はじめて姉キのために「言葉」を書いたパンフレット。

それを見た人から温かい笑い声がおこるのを聞いて、
僕は 少し姉キに幸せをプレゼントできた気分になって、
内心ほっとしていた。

みんながパンフレットを読み終えた頃、
再度 新郎新婦が入場。また、曲が流れ始める。
! この曲は…。

やっぱり兄弟だわ。
流れてきたのは、僕が人生の中で一番大切にしている曲
「A Whole New World」だった。(アラジンのやつ)

もしかしたら、姉キと僕は
同じような時に
同じようなものに感動してきたのかもしれない。

その後、姉キの友人からの手紙の朗読やスピーチが始まった。
このぐらいの頃から、姉キの目は少し潤みはじめていた。

歓談で時が過ぎ、いよいよ宴もたけなわ。
徐々に会場の照明が暗くなりだした。
話し声がやんで、会場が静寂に包まれた。

新婦から両親へのスピーチ&花束贈呈の瞬間。

先にも話したが、
僕はおそらく今日という日を一生忘れないだろう。

屏風の前に二人並んで、
スポットライトに照らされた親父とオカン。
その二人に向かって 姉がすすり泣く声で語りはじめた。

ここまで自由奔放に育ててくれたこと。
自分の進みたい道に口を出さず、
何でも好きにやらしてくれたこと。

そんな両親がたった一度だけ自分に口を出したことがあり、
死ぬ前にもう一度家族一緒に暮らしたいから
信州大学を卒業したら、兵庫に帰ってこいと言われたこと。

兵庫に帰ることを決めた後、
大好きだった信州の友達や彼氏と離れるのが、
死ぬほど辛かったこと。

そして今日、
もう一度両親のもとから旅立ってしまうことが
とても悲しいこと。

最後に「ありがとう」の言葉を添えて、
姉キのスピーチが終わった。
僕は親父とオカンの方に目線を移した。

オカンは、目を真っ赤にして泣いていた。

さっきまで威勢の良かった親父は、
拳を握りしめ、直立不動でまっすぐ天井を見つめていた。

真っ赤な目をして
今にもこぼれそうな涙を、決してこぼさないようにして。
その手は確かに震えていた。

新郎新婦が歩み寄ってきて、花束の贈呈。

親父は絶対に前を向かなかった。必死でこらえていた。
いや、涙は既に出ていたのかもしれない。
ただ、それを絶対にこぼさないようにしていた。

一瞬のことだったが、
僕は次の瞬間を見逃さなかった。

新郎の親に花束を渡している姉キの横目に
天井を見上げてこらえたままの親父の姿が映った。
それを見て、姉キが号泣し始めた。

涙をこらえながら、
姉キが直立不動の親父の胸ポケットに一輪の花を差した。
その瞬間、
親父は真下を向いてハンカチで顔をおおった…。

またハンカチをしまって、
真っ赤な顔でそれでも天井を見上げ続ける親父。

「強がりやがって…」

僕はほっぺの内側を思いっきりかみしめて
涙をこらえながら
泣いている家族3人を見つめていた。

親父は、男だった。

オカンは、女だった。

姉キも、もう立派な女だった…。

その後、新郎新婦と両親は退場した。
会場が明るくなり、静かに歓談が戻った。

僕は退場の順番を待つまでの間、
テーブルに置かれた新郎新婦への寄せ書きの色紙を眺めていた。
そこに、親父の書いたこんな言葉が。

   愛して十年。信じて十年。敬って一生。

この日、両親が自分の親であることを
初めて誇りに思った。

披露宴が終わって
姉キが友達と写真を撮ったりしている間、
僕はオカンのそばを離れなかった。

なぜだかは分からない。
離れてはいけないような気がしたから。

沢山の親族、そして親父、オカン、姉キ。

今まで軽く無視し続けてきた「血縁」ってものを、
僕は帰りのJRの電車の窓を見つめながら
ぐっとかみしめていた。