No.323  「稲」が教えてくれたもの

とある街に、
50平方メ-トルぐらいの田んぼがあった。
苗がきれいに揃えて植えられた、きれいな田んぼが。

ある日、その周りに
ファッション雑貨屋とイタリア料理屋ができた。

次の日からその田んぼの周りには
人があふれかえるように。
しかし、
誰一人として店の前にある
田んぼに目をくれようとはしなかった。

夏が来た。
稲はみるみる背を伸ばし、
人間の膝の高さを越していた。

ごったがえす店のお客はようやくその茂みに気づき、
飲み終わった缶やペットボトルをその茂みに投げ隠すようになった。
しかし、誰一人として
その稲の美しさを語る者はいなかった。

秋が来た。
稲の背は、人間の腰の高さを越していた。

秋晴れの日曜日、
イタリア料理店が「ライスフェア」をはじめた。
“おいしいお米を使っています”というワ-ドを唄い文句に。
その次の日、イタリア料理屋に行列ができるのを見て
雑貨屋が「お茶わん」を店頭に並べた。
雑貨屋の前が人だかりになった。

人々は稲を見てこう言った。
「きれ~い」

冬が来た。
稲の高さは小学生が踏めるぐらいになっていた。
雑貨屋とイタリア料理屋の前から、
人はいなくなっていた。

そこには、ゴミのないきれいな
田んぼが広がっているだけだった。

雑貨屋とイタリア料理屋の店長は、
店先で腕を組みながら田んぼをみつめていた。

二人の背は、去年と全く同じだった。