No.372  毎日がバレンタインデー

コツ、コツ、コツ…。
薄暗い路地に響く足音。
一人で歩く男の視界を、女の影がさえぎった。
 
 
 
 「フッ、やっときたわね」
 
 
 
待ちぶせ…。
女の手には短銃が握りしめられていた。
 
 
 
   「う、嘘だろ…」
 
 
 
 「私は本気よ」
 
 
 
女は銃を男に向け、引き金を引いた。
 
次の瞬間、
桃色の光と同時に
銃口からチョコレートが飛びだした…。
 
 
昨日、深夜に家に帰って思いだした。
「あ、そっか。バレンタインデーやったんや」。
 
昔は 僕達ヤローにとっては、
「ときめきの日」だった。
 
詰め襟の学ランのボタンを1つ外してみたり、
いつもより多めに廊下を歩いてみたり。
 
いつ どこからチョコレートが飛んでくるか分からない、
「命を狙われている主人公」のような気分だったのをよく覚えている。
 
思えばあのドキドキ、なくなったなー。
最悪 1個ももらえなかった時の保険、
「オカンからのチョコ」も今ではもうないし。
この歳になったら
「命短し恋せよ乙女」を胸に、
とびこんで来る女のコもいないしね。
 
男も女も、大人になるにつれて
気持ちを告白することが
“たいそうなこと”になってくる。
 
あ−、気持ちをぶつけたい。
あ−、気持ちをぶつけられたい。
 
毎日が、バレンタインデーだったらいいのに。