No.4310&4311 チャラい整骨院

週始め、
社会人の活動が盛んになる月曜朝の
この時間に、僕はなぜか家にいる。
 
しかも、家の中の、ベッドの上に。
 
突然の”一撃”に襲われたのは、
昨日の朝。
 
いつもどおり目覚め、
朝食をとるあたりまでは普通だったんだけど、
だんだんと身体に異変を感じ始めた。
 
 
 
 「あ…れ…?
  身体が…動かない…」
 
 
 
歩くことはもちろん、
立ち上がることも辛くなって、
そのままソファに横たわった。
 
少し動くだけで、
脳天まで突き抜けるような痛みが腰を襲う。
 
「ぎっくり腰」、
総称で呼ぶとなんとも間抜けに聞こえるが、
急性腰痛が発症したことに違いはなかった。
 
過去に2度ほど経験しているものの、
今回の痛みは特にひどい。
ドイツで「魔女の一撃」と呼ばれるのも
うなずけるほど、腰に雷が走るような感覚である。
 
 
 
 「と…、とりあえず医者に…」
 
 
 
とは思ったものの、昨日は日曜日。
 
仕方なく日曜でも開いてそうな
整骨院がないかを調べたら、一件ヒットした。
ホームページやSEO対策に力を入れ、
どこで探してもその整骨院の情報がでてくる。
 
今やネットでの情報公開は当たり前の時代とは言え、
リスティング広告をやるほど
集客に力を入れすぎている整骨院は、、、
金の匂いがしてあまり好きじゃない。
 
でも、背に腹は代えられないので、
嫁に車で搬送されるがまま、
その整骨院に向かった。
 
到着すると、店内はわりときれいな感じ。
 
「まずは問診票に記入を」と言われたので、
ゆっくりと椅子に腰を下ろしてペンを走らせていたら、
奥の施術室からとてつもないチャラい感じの
大きな男の声が聞こえてきた。
 
 
 
   「マジっすか!
    いや、メチャクチャですやーん!」
 
 
 
テレビの通常音量が23ぐらいだとすると、
42ぐらいはあったかもしれない。
明らかに音量設定を間違ったその声は、
それからしばらくの間響き続けた。
 
最初は「ガラの悪い客かな…?」と思っていたけれど、
 
 
 
   「はーい!じゃあ、
    うつ伏せになりましょっか!
    いや、大丈夫っすよ!マジで!」
 
 
 
という大声が聞こえてきた時、
僕はすべてを悟った。
EXIT並みにチャラい彼は、客じゃない。
どうやらここのスタッフなのだ、と。。。
 
その瞬間、すぐにでも
店を飛び出したくなったけれど、
いかんせん身体が動かない。
 
仕方なく問診票の続きを書いていたら、
また大きな声が聞こえてきた。
 
 
 
   「はい、今日はここまでです!
    お会計はあちらでお願いしますねー!」
 
 
 
そう言うと、施術室から男が出てきた。
 
声のイメージどおり、
体はゴツいが眉毛は細め、
髪型はかなりチャラい
EXITりんたろー風の男だった。
 
男に案内されるがまま、
レジに向かう女性客。
次の瞬間、僕は我が耳を疑った。
 
 
 
   「えー、お会計、11万8000円になります」
 
 
 
聞き間違いじゃない。たしかにそう言った。
さっきまでの声のボリューム41ではなく、
相手に聞こえないような16ぐらいの声で。
 
「ヤバい…、コレはヤバいぞ」と思いながらも、
まったく体が動かない。。。
嫌な汗まで出てきて、僕は完全にフリーズした。
 
そうこうしているうちに、
やがて、店内に再び
ボリューム40ぐらいのチャラい声がこだました。
 
 
 
   「はーい!H、さーん!
    奥の部屋にどーぞー!」
 
 
 
僕は覚悟を決めて、
おそるおそる施術室のカーテンをめくった。
 
       (明日へつづく)
 
 
 
 
(昨日のつづき)
 
おそるおそる施術室のカーテンをめくると、
なぜかその部屋にだけ立派な椅子とデスクがあり、
さっきのチャラい兄ちゃんが偉そうに座っていた。
 
 
 
   「はい、こんちは~!
    今日担当させてもらいます、院長のTです」
 
 
 
いっ、院長!?
この眉毛細い系の兄ちゃんが!?
 
かなり驚いたけど、
整骨院らしからぬ椅子とデスクは
どうやらその証らしい。
 
 
 
   「ぎっくり腰ですか?
    ボクらは患者さんを絶対良くするために
    頑張りますんで、よろしくお願いします!」
 
 
 
細い眉毛の下から
カラーコンタクトをした瞳が僕を見つめる。
うっ、胡散臭い。。。
 
いやしかし、院長ということは
少なくともここで一番施術が上手いはずだ。
見た目はともかく、ここは我慢しよう。。。
 
僕はチャラい兄ちゃん、
もとい、院長に言われるがまま
静かに施術台に身体を横たえた。
 
 
 
   「じゃあ、まずは患部をほぐしちゃいますね。
    痛かったら言ってくださ~い。
    えーっと、お仕事は何されてるんですか?
    休日は何を? マ~ジっすか!!」
 
 
 
美容院と整骨院を間違えたのかと思うぐらい、
やたらと個人情報を聞き出してくる院長。
さっきまでボリューム41だった大きな声は、
至近距離では50ぐらいに聞こえた。
 
我慢、我慢だ…。
うるさかろうが、チャラかろうが、
腰さえ治ればそれでいい。
 
 
 
   「はい、以上です。どんな感じですか?」
 
 
 
 「えっ?? もう終わりですか?」
 
 
 
   「めっちゃ力こめてやってみたんですけど、
    ちょっとは楽になりましたか?」
 
 
 
言うまでもなく、答えはNoだった。
 
手技の時間が短いこともあるが、
そもそもマッサージが下手で
手を抜いているようにしか感じない。
うちの嫁の方が数段上手い感じがした。
 
 
 
 「えーっと…、あんまり変わらないですね」
 
 
 
   「マジっすか!
    じゃあ、とっておきのヤツがあります!
    この電気なんですけどね、
    特別にちょっと試してみませんか?
    お客さんのような重いぎっくり腰には
    絶対効きます!」
 
 
 
明らかにあらかじめ予定していたかのように、
デスクの横から姿を現す機械。
 
たしかにハイテクな雰囲気はあったが、
それが保険診療の範囲内ではないことは
直感的にすぐ分かった。
 
 
 
 「それ…、高いんですか?」
 
 
 
   「いや、そんなことないっすよ。
    もちろん、追加料金にはなりますけど、
    僕たちは患者さんに絶対治ってほしいので、
    コイツをおすすめするようにしてるんです!」
 
 
 
さっきから、ちょいちょい挟んでくる
胡散臭い使命感のような
下手な言い訳は何なのだろう?
 
店全体がまだ若いということもあるが、
「少しでもオプションで金を稼ぎたい」という
整骨院の下心が見え過ぎて、
僕はだんだん気分が悪くなってきた。
 
仕方なくその電気治療には付き合ったけど、
案の定、特に変化はなし。
予想どおり高めの治療費を払って、店を出た。
 
日曜日で他に選択肢がなかったとは言え、
こんな怪しい店に捕まるとは…。
なんとも言えない敗北感だった。
 
 
 
 「クソっ! あんな店、二度と行くか!」
 
 
 
しかしその翌日の月曜、
僕は二度目の治療のために
再びその店を訪れていた。
 
いや、本当なら朝から出勤して、
仕事帰りに職場近くの整骨院に
通い直そうと思っていたんだけど、
症状がまったく改善されていなかったので、
会社を休むしかなかったのだ。
 
仕事を休んだ以上は、少しでも
治療に精を出さなくてはいけない。
 
そして何より、
初日の模様をおはなしで書いてしまった以上、
さらなるネタを探しに行かねばならないという
一種の芸人根性のようなものがわいてきて、
僕は半ばやけ気味に2日連続でその整骨院を訪れた。
 
 
 
   「いらっしゃいませ~!」
 
 
 
店に着くと、院長ではなく、
お笑いコンビ「かが屋」の加賀に似た
兄ちゃんが迎えてくれた。
 
声はわりと大きいが
短髪&素朴そうな雰囲気の兄ちゃんで、
人柄は悪くなさそう。
 
兄ちゃんの笑顔は、
「もう騙されへんぞ!」と
思いっきりガードを上げて行った僕の
ハートの紐を少し緩ませた。
 
 
 
   「こちらで少しお待ちくださいね」
 
 
 
僕が靴を脱ぐ間、奥の院長のデスクへ
何やら相談しに行く兄ちゃん。
 
ボリューム4ぐらいの
人間には聞こえないレベルの声で
何やら密談が行われているようだったが、
その様子はまるで番長と舎弟のようだった。
 
店内に流れる不気味な静けさの後、
昨日とは違う施術室に案内された。
 
 
 
   「はい、今日担当させてもらいます、
    鍼灸師のSです。よろしくお願いします!」
 
 
 
ん? 鍼灸師?
まだ何も頼んでないけど、聞き間違えか?
 
下ろしかけたガードを再び上げ、
僕は不信感たっぷりに施術台に横たわった。
 
 
 
   「昨日の施術から、その後どうですか?」
 
 
 
 「どうもこうも…、何も変わらないですが」
 
 
 
   「それでしたら、
    今日は別のアプローチから
    痛みを取っていきたいと思います。
    ハリは別料金になってまして~(以下省略)」
 
 
 
ああ、やっぱりか…。
手技もせずにまた違うオプションを勧めてくるなんて、
ある意味想定の範囲内だぜ。
 
いや、百歩譲って僕の症状を聞いた上で
ある程度手技を行い、その上で一手段として
ハリを勧めてくるのならまだ理解できる。
 
でも、最初から鍼灸師に担当させている時点で、
明らかにハリありきやん。
こっちに合わす気ないやん。
オプション料金欲しいだけやん。
 
そこからの会話は、
まるで僕の耳に入らなかった。
 
兄ちゃんに恨みはなかったが、
患者無視の診療にちょっとイラっとしたので、
わざとキャラを変えてこう返してやった。
 
 
 
 「なぁ、ちょっと待ってくださいよ。
  それ保険診療内なんですか?違うんでしょ?
  まずは手技とかやることやって下さいよ。
  まだ体を触りもしてないのに、
  なんで手段だけ先に決まるんですか?」
 
 
 
僕が急に本気を出したおかげで、
思わずひるむ兄ちゃん。
 
彼は正直な人間だ。
きっと奥の部屋で指示されたのだろう。
泳ぐ目線の先には院長の姿があった。
 
 
 
   「しょ、少々お待ちください…」
 
 
 
そう言って、奥の部屋に消える兄ちゃん。
 
院長から「やらなきゃ意味ないよ」と
言われているような怪しい雰囲気を感じたが、
関係ない。ハリでもタックルでも来やがれ。
僕は怒りを抑えながら、
兄ちゃんが戻ってくるのを待った。
 
やがて数分後、
兄ちゃんが施術室に戻ってきた。
 
殴られた痕こそなかったが、
かなり院長に怒られたのだろう。
顔からは元気が消えていた。
 
 
 
   「あの…、すみませんでした。
    お客さんのおっしゃるとおりです。
    まずは体の状態を診せてもらえますか?」
 
 
 
この兄ちゃんに罪はない。
それは最初から分かっていたので、
僕はいじわるをやめて体を任せた。
 
そこから数分、手技という名の
ただの下手くそなボディタッチが行われた後、
兄ちゃんが再び口を開いた。
 
 
 
   「あの…、筋肉も張ってるようですし、
    ハリ…とか、いかがですかね…?」
 
 
 
兄ちゃん、分かったよ。
もう、皆まで言うな。
 
下手な演技ももういい。
君にはハリという選択肢しか
許されていないのだろう。かわいそうに。
 
同情もあり、また、
「おはなしで書けるネタになるかな?」という
若干の期待感もあり、
僕は兄ちゃんのハリ治療を受けいれることにした。
もしかしたら、神の手を持つ男かもしれないしね。
 
で、ハリ治療の結果?
見事に悪化したよ。昨日よりも痛い。
現実は厳しいね。
 
ということで、今は
職場近くの別の整骨院に行った帰りに
このおはなしを書いている。
 
普通のことなんだろうけど、
今日の整骨院は
ちゃんと身体の症状を確認した上で
念入りに手技をしてくれたから、
それだけでちょっと感動しちゃったよ。
 
皆さんが同じような目にあわないために、
伝えておきたいことがある。
 
チャラい院長の店、
口コミ評価で5段階中4.7だからね。
 
口コミが正しいとは限らない。
信じるべきは、自分の感覚だけだ。
 
今回はネタ集めのために
半ばわざと冒険してみたけど、
良い子は真似せず、一度目の手技で見極めな。