No.1493 おじさんがくれた「150円」

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財布の中に「150円」ある?
あるとしたら、
それって誰から手渡された150円か、覚えてる?
今日はそんなおはなしをしよう。


僕は毎月、何千円かのお金を払って定期を買い、
駅の近くの駐輪場に自転車をとめて会社に行っている。
昨日の夜も仕事を終えた後、地下鉄で最寄りの駅まで帰り、
いつものように駐輪場まで自転車を取りに行った。

ところが、である。
停めてあるはずの自転車が見当たらない。
一生懸命さがしたら、定期用の駐輪場ではなく、
「1日利用専用」のスペースに移動されていた。
「1日150円」と書かれた、頑丈な鎖につながれて。



  「おいおい、なんで定期代払ってるのに、
   1日料金も払わなアカンねん!」



胸の中から、思わずこみあげてくる怒り。
勝手に自転車が移動された理由は、なんとなく想像がついていた。

市内にある駐輪場というのは、たいてい市から再雇用された
高齢のおじちゃんたちが管理者として働いていて、
毎朝おじちゃん達は、それはそれは楽しそうに
「お金を払わずに停めている自転車がないか」をチェックしてまわるのだ。

きっと、僕の自転車が「1日利用専用」の鎖につながれたのも、
自転車に貼っている定期シールを
おじちゃん達が見逃してしまったからだろう。

おじちゃんの単純なミスを許す心がないわけでもなかったけれど、
たまたま体調が悪く、1秒でも早く帰りたかった僕は、
発熱する頭からさらに湯気をたてながら150円を払って鎖を外した。




そして、今日の朝。

悪化した風邪にむしばまれた体にムチをうち、
いつもより早めに家を出た。

理由はもちろん、出勤する前に管理事務所へ行って、
昨日払った150円を取り戻すために。

「どうクレームをつけてやろうか」、
そんなことばかり考えながら
ペダルをこいで駐輪場に向かっていた。

朝から昨日の怒りがこみあげてきて、
頭がカッカッと熱くなってきた時だったと思う。
駐輪場の近くに到着したら、
怪しい男が一人、駐輪場の付近をうろちょろしていた。

よく見ると、自転車を停める人全員に何かを話しかけては
そそくさと逃げられ続けている男。



   「…怪しい。なんだコイツ。
     俺は早く管理事務所に行きたいねん」



そう思いながら男を無視して管理事務所に行こうとしたんだけど、
案の定、男は僕にまで声をかけてきた。



 「すみません、すみません」



    「なんですか? ちょっと僕、急いでるんですけど」



 「ああ、本当にすみません。
  “Hさん”を探してるんですけど…、違いますよね?」



    「えっ? いや、Hは僕ですけど、何か?」



 「ああ! Hさん、お待ちしていました。
  昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした…」



そう、その不審な男は
制服に着替える前の管理事務所のおじちゃんで、
聞けば、朝の6時から2時間ほど
ずっと僕を待っていたようだった。



  「これ…、150円…」



そういって、申し訳なさそうにお辞儀をしながら
150円を僕に手渡すおじちゃん。
寒い朝、
ずっと手の平で握られていた2枚の硬貨は、温かかった。



    「あ、はい、ありがとうございます」



  「申し訳ありませんでした。行ってらっしゃい」



僕の表情から怒りの色が消えたのを見て、
笑顔になって見送るおじちゃん。
いつのまにか僕も、笑っていた。


昨日払った150円と、今日もらった150円。
貨幣価値は同じでも、温もりは同じじゃない。

財布の中にずっとしまっておこうかと思ったけど、
やっぱり思いなおし、おじちゃんからもらった150円を使って
自販機で温かいミルクティを買った。



   「いつか自販機のお金を回収しに来る人にも、
    おじちゃんの温もりが伝わればいいな」



そんなことを思いながら。