No.2853 東北に勇気を与えた野球の神様
テレビでスポーツを観ない人でも、
ドラマは観るでしょ?
野球にあまり詳しくない人も、
ここからの話は
1つの「ドラマ」だと思って聞いてほしい。
今年のプロ野球日本シリーズは、
球史に残る名勝負となった。
万年弱小チームと呼ばれ続けた
東北楽天ゴールデンイーグルスが、
盤石の戦力で黄金時代を迎えつつある王者
読売ジャイアンツに挑む、というだけでも
話題性があった今年の戦い。
「7戦中、先に4勝した方が日本一」という
日本シリーズにあって、
創立10年にも満たない楽天が
どこまで伝統ある巨人軍に食らいつくかが注目されていた。
いざ、蓋を開けてみれば
両チームとも一進一退の好ゲームで、
東京ドームで開かれた第5戦では楽天が接戦を制し、
「3勝2敗」と日本一に王手。
第6戦目以降は、
地元東北での決戦を迎えることになった。
この時点で、大方の予想は
「楽天初優勝」に傾いていた。
なぜなら、王手をかけた第6戦の先発は
無敗の絶対的エース、
マー君こと田中将大だったからだ。
多少負けても、15勝以上すれば
最多勝を獲得できる最近のプロ野球の中で、
今年の田中は、
レギュラーシーズン中「24勝0敗」。
まるでマンガのような
「一度も負けない」という
伝説の偉業を達成していた。
さらに、日本シリーズ第2戦でも
実績どおり、圧巻の完投勝利。
第6戦の先発が再び田中に決まった時点で、
「震災後の復興への期待を背負った弱小チームが
大エースの活躍で日本シリーズに出場し、
接戦の末、最後はまた田中が王者を抑えて
東北の人々に勇気と感動を与える。
そして田中は、伝説を残して
メジャーリーグへと海を渡る」
というドラマの脚本が完成していた。
ところが、
脚本どおり行かないのが
本当のドラマだ。
第6戦、
無敗の田中が
巨人にまさかの連打を浴びる。
田中はエースの意地から
9回まで160球の熱投を見せたものの、
巨人に敗北し、連勝記録は途絶え、
楽天は「3勝3敗」のタイに持ち込まれた。
この時点で、どれだけの人々が天を仰いだだろう。
絶対的エースで敗北、
しかも3勝3敗なら
総合力に勝る巨人の方が圧倒的有利。
160球投げてしまった田中は
7戦ではもう投げられないことから、
予想を再び翻して、
「巨人V」を叫ぶスポーツ解説者が増えた。
メジャー行きが確実な田中の
最終登板が終わってしまい、
楽天ファンは別の意味での悲しさも感じていたと思う。
そして迎えた第7戦。
本当のドラマが待っていた。
序盤から先制した楽天は、
継投で3点のリードをなんとか守り、
試合はついに9回へ。
悲願の優勝が目の前に来たものの、
ここでしっかり抑えなければ
長打力のある巨人打線なら、
3点差などすぐに返されてしまう。
スタジアムに詰めかけた楽天ファンは、
みんな、神様に祈るような気持ちでいたと思う。
その時だった。
“神様”が登場したのは。
「東北楽天ゴールデンイーグルス、
選手の交替をお知らせします。
ピッチャー、
則本にかわり、
田中 将大。背番号、18」
場内のアナウンスを聞いた観客から、
驚きとともに
地鳴りのような歓声がわきあがる。
エース田中、志願の連日登板だった。
前日に投げた160球というのは、
通常の先発投手の倍の球数。
肩も足も、おそらくガクガクの状態だったと思う。
それでも投球練習を始めた
背番号18の背中を見て、
観客席からは涙と歓声が止まらなかった。
もう東北では見られないと思っていた
エースの勇姿を目にして、
野球帽をかぶった子どもたちも涙を流していた。
9回表、
いきなり先頭打者にヒットを打たれ、
その後もヒットを打たれながらも、
気迫の投球でツーアウトまでこぎつけた田中。
しかし、巨人のバッターは、
抜群の代打成功率を誇る矢野で、
一発ホームランが出れば同点になってしまう場面。
ファンは祈るような表情で、声を張り上げ、
マウンド上の神様にすべてを託した。
その熱い声援を受け、
再び制球力を取り戻した田中。
1ストライク、2ストライク、そして、
最後は今年何度も強敵を抑えたスプリットで、
見事矢野を「三振」に仕留めた。
震災から3年目、
東北楽天ゴールデンイーグルス、
悲願の初優勝の瞬間だった。
スタジアムの観客はもちろん、
テレビで観ていた視聴者も、
野球解説者の工藤も古田も、
みんながそのドラマに感動していた。
当然、自宅で応援していた僕も、
久しぶりにテレビを観て涙を流していた。
後日、伝説の勝負を見届けた被災者が
こんなことを言っていた。
「3月11日の震災から色々大変だったけど、
マー君がそれをひっくり返し、
“11月3日”に最高のプレゼントをくれた。
私たちも絶対にあきらめない。
現状をひっくり返すまで頑張る」
暦の逆転はたまたまだろうか、
それとも、必然だったんだろうか。
答えは、神のみぞ知るけれど、
ファンに勇気を与えた東北の神様は
多くを語らず、
静かにチームに別れを告げようとしている。