No.4151 レストランのカレーライス

ビジネス街の中、
空に向かってそびえ立つホテル。

最上階にあるレストランを見上げながら、
ふと思い出した。

あれはたしか2002年の秋、
僕が新しい会社に転職して間もない頃だった。
たまに東京から遊びに来る社長が
「おぅ、お前ら、昼飯行くぞ」と言うので、
僕らは社長の後について街を歩いた。

到着したのは、近くの商工会議所の
高層ビルの上にあるレストラン。
いかにも高そうな飯が食えそうな雰囲気で。
内心「ラッキー」と思った。

社長はホスト根性のある人だったので、
たとえお客さんと飯に行っても
絶対にメニューは自分で決める人だった。

だから僕ともう一人の社員は、席についたら
とりあえず何をするわけでもなく、
高層ビルから見えるビジネス街の景色を見下ろしていた。
社長がどんなに豪華な料理を注文するのか、
ドキドキしながら。
 
 
 
 「おい兄ちゃん、カレーライス3つ」
 
 
 
   「かしこまりました」
 
 
 
社長のオーダー内容を聞いて、
ちょっと耳を疑った。

でも、こちらはご馳走してもらう立場、
一人暮らしの身には
一食分の食費が浮くだけでもありがたい。

かなり期待しただけに残念な気持ちもあったけど、
僕らは黙ってカレーライスを待つことにした。
 
 
 
   「お待たせいたしました。
    カレーライスでございます」
 
 
 
 「はい、ありがとう。
  さぁお前ら、
  何も言わずに黙って食ってみろ」
 
 
 
ニヤニヤしながらそう言う社長の言葉に
なんとなくピンときた。
「はは~ん、これはアレだな、
 普通のカレーに見えて
 死ぬほどうまくて驚くパターンのやつだな」と。

一度落ちたテンションを復活させながら、
僕らはゆっくりとスプーンで
カレーとライスを口に運んだ。

ん!!
んん??

普通のカレーだった。

いや、家で作るカレーとはまた違った感じだから
少しは上品に感じたけど、
だからと言ってそこまでたいしたこともなく、
どこにでもありそうなカレーライスだった。

でも、満面の笑みを浮かべて勧める社長を前に
そんなことなど言えるはずもない。
僕らは口を合わせるかのようにこう言った。
 
 
 
    「う、うまいっすね。
     やっぱりこういう店のカレーは違いますわ」
 
 
 
それを聞いて、
待ってましたとばかりに社長が笑った。
 
 
 
 「ハッハッハッ!
  んなわけねーだろ、
  こんなモンただのカレーだよ。
  注文する奴はバカだな」
 
 
 
状況がつかめずポカンとする僕らをよそに、
社長は一切味わう素振りもなく
マッハでカレーライスをたいらげると、
「おい兄ちゃん、お勘定」と席を立った。

僕らも慌てて残りのカレーをかけこみ、
社長の後を追った。
やはり、2口目以降も普通のカレーだった。

あまりに早くレストランを出たので、
昼休みの時間はまだまだあった。
 
 
 
 「おい、あそこの喫茶店行くぞ」
 
 
 
社長に言われるがままに
古い喫茶店の席につくと、
さっき急いで食べたカレーライスの味が
腹から逆流してきて気持ち悪かった。

やがて、何も注文しないうちに
ホットコーヒーが3つ出てきた。
 
 
 
 「お前ら、さっきの店の
  カレーライスはいくらだと思う?」
 
 
 
    「えっ? たしか1500円、
     じゃなかったでしたっけ?」
 
 
 
 「バカだな~、そうじゃねーよ。
  本当はいくらの価値があるかってことだ」
 
 
 
    「えーっと、900円ぐらいですか?」
 
 
 
 「あの味にそんな金を払うバカはいねーよ。
  せいぜい500円だな。
  でも1500円で売っている。
  実際、それを注文する奴もいる。
  なぜだか分かるか?」
 
 
 
    「うーん、、、」
 
 
 
 「いいか、それを考えるのがビジネスだ。
  500円のものを1500円で売るには何が必要か、
  徹底的に考えろ」
 
 
 
    「は、はい」
 
 
 
 「ちなみに、ここのコーヒーは400円だが、
  本当は500円だ。美味いぞ。飲め」
 
 
 
そう言うと、社長は
ゆっくりとコーヒーを味わいながら
タバコを吹かし続けた。

僕はその時、
大切なことを授かった気がしたけれど、
今一つピンとは来ていなかった。

それから何年も社長の下で仕え、
何度もお客さんとの接待の場に同席した。

社長は相変わらずすべてを決める人で、
店のセレクトはもちろん、
店内のみ間取りの下見と
ちょっとしたレイアウトの変更、
料理、酒の確認、帰り際に渡す土産の手配まで、
何もかも用意周到に準備をしていた。
「仕事のこともそれくらいやればいいのに」と感心するくらい。

ただ、毎回接待は成功し、
社長のファンが増えていく瞬間を
何度も目の当たりにするうちに、
僕はあの時教わった
カレーライスの意味がわかるようになった。

価値を決めるのも人ならば、
価値を加えるのも人なんだな、と。

商売とは、そんな風に
相手が価値を錯覚するくらい
正々堂々とだまし合うゲームなんだなと。

今、昼飯でマクドにいる。
学生時代から数えて、
僕は何年この店に通ってるだろう?

マクドは商売上手だね。
コーヒーも美味い。
負けられないな。がんばろう。