No.5081 壮大なスケールの「ババ抜き」

そのゲームは、
年明けのある日突然始まった。
 
仕事が始まった1週目、
小さなパパ友飲み会があったんだけど、
新年祝いで久しぶりに結構飲んだので、
お勘定の時にはわりとフラついていて。
 
お釣りでもらった5000円札を
テキトーに財布にしまってファスナーを閉めた。
 
 
翌日の土曜日。
 
少し二日酔いぎみだったけど
朝から買い物に行こうと思い、
お札の枚数を確認しようと思ったら、
5000円札がファスナーに挟まっていた。
  
  
  
 「あ、なんか嫌な予感…」
 
 
 
そーっとファスナーを引っ張ったら、
5000円札の端が見事にちぎれてしまった…。
 
ネットで調べたら
「原型が3分の2以上残っていれば使える」と書いてあったし、
日本列島で言えば沖縄あたりがちぎれただけなので、
一応5000円としては使えるのかもしれない。
 
ただ、それはあくまでルール上の話、
何事も、実際の運用とルールとは違うものだ。
 
さらにネットで調べたら
「破れた紙幣は自動販売機では使えないし、
 お釣りにも使えないから
 サービス店舗も嫌がって受け取ってくれない」とあった。
 
たしかに、豪快に破れたお札を
誰も受け取りたくはないよな…。
 
でも、誰かに渡さなくては僕が5000円を損する。
 
その瞬間、ハッと気づいた。
 
 
 
 「そうか…、
  これはダメお札というジョーカーを
  世間の誰かになすりつける、
  壮大な“ババ抜き”なのか…」
 
 
 
こうして、否応なしにゲームは開始された。
 
銀行なら新札に引き換えてくれるところも
あるみたいだけど、休日で窓口は閉まっている。
郵便局はダメ。自販機は絶対に通らない。
 
色々と考えた末、
まずは一番近いコンビニに行ってみた。
 
 
 
   「はい、550円です」
 
 
 
 「これ…、使えますか?」
 
 
 
おそるおそる5000円を出すと、
予想どおりあからさまに嫌な顔をされた。
そりゃそうだろう、お釣りに使えないお札を
サービス店舗が欲しがるわけはない。
 
 
 
   「…ちょっと、店長に聞いてきてもいいですか?」
 
 
 
 「あ、いや、大丈夫です。電子マネーで払います」
 
 
 
僕はすぐに空気を読んで
チャリーンと精算し、早々に店を後にした。
 
 
うーん、このババ抜きはやっぱり難しい…。
 
普通のババ抜きならジョーカーも同じ形だから
しれっと相手に渡すこともできるけど、
このババ抜きは思いっきり破れているから、
ババを引く前に相手から警戒されてしまう。
 
電子マネーに替えられたら無敵なんだけど、
ATMから一旦口座に入れなきゃいけないから、
これもダメ。
 
 
 
 「おいおい、もしかして俺は
  このまま一生ババを持ったまま生きるのか…?」
 
 
 
妙なプレッシャーまで登場してきて、
嫌な汗が流れてきた。
 
 
色々と作戦を考えて、
僕はある場所に行くことにした。
 
その場所とは、ズバリ「ショッピングモール」。
 
お客の数が多くて忙しそうな店なら
いちいち店長と相談してもいられないだろうし、
デカいモールならこんなババ抜きも
何度も経験済みのような気がする。
 
こうして僕は
破れた5000円札を握りしめたまま、
多くの休日客でにぎわう
ショッピングモールに向かった。
 
数ある店の中で、選んだのは大きな書店。
恐る恐るババ抜きに再トライした。
 
 
 
   「はい、630円になります」
 
 
 
 「これ…、大丈夫ですかね?」
 
 
 
   「大丈夫ですよ~。4370円のお釣りですね」
 
 
 
!!!  使えた!!
 
ずっと続いていたドキドキが、
次第に喜びへと変わっていく。
 
僕は「はじめてのおつかい」に成功した
子どものような気持ちでお釣りを受け取った。
こうしてババは、書店のレジに格納された。
 
 
あのババは、今頃回り回って
どこで何をしているんだろう?
 
もう銀行に回収されただろうか。
 
それとも、僕と同じような誰かが
ババ抜きにトライしているだろうか。
やけくそになって、
ギザギザハートの子守歌でも歌っているだろうか。
 
金は天下の回りもの。
今度僕の財布に戻ってくる時には、
樋口一葉がキレイな津田梅子になって帰ってきてほしい。