No.5328 我慢とは
我慢とは、
「耐える」ことか、
それとも「抑える」ことか。
逆説的だけど、
「我慢しないのをやめる」ことが
本当の我慢なのか。
どこか哲学的な問いだけど、
どれも正解のようで、違うような気もする。
でも、僕はたしかに我慢を見た。
先週の夜のことだった。
普段はあまり立ち寄らない、
都会のビルの1階にあるコンビニ。
飲み物を買おうとレジの前に行くと、
わりと長めの行列ができていた。
「ん? お昼時でもないこんな時間に?」
店にはレジが2台。
1台は封鎖されて、
「隣のレジをご利用ください」と
書かれた札が立てられていた。
空いているレジには、
「研修中」という大きな名札をつけた
東南アジア系の兄ちゃん。
その後ろには、店長らしき
白髪まじりの年配男性が
保護者のように立っていた。
元々不器用なのか手際も悪く、
日本語もカタコトの兄ちゃんは、
次々やって来る客を前にテンパりぎみ。
浅黒い顔には大量の汗がにじんでいた。
でも、焦れば焦るほど
兄ちゃんのレジ操作ミスは増えていき、
行列はどんどん長くなっていく。
僕はとっさに、
店長の顔に目をやった。
こうなってしまった時は、
たいていもう1つのレジを開けて、
「次のお客様、どうぞ~」と
一旦渋滞を解消するのがセオリーだから。
でも店長は、兄ちゃんを見守ったまま。
並んでいる僕らの視線やため息を感じても、
まったく微動だにしなかった。
それどころか、
兄ちゃんへの指導に
さらに熱を入れ始めた。
「ほら!また声が小さくなってきてる!
もっと、お客さんに聞こえる声で言わな!」
5分、いや、
10分ぐらいは待たされただろうか。
店内にはため息が充満し、
中には途中であきらめて
店を出る客も出始めた。
「この空気感、久しぶりやな…」
サービス店舗が回っていない時に流れる、
独特の雰囲気。
僕は、昔牛丼屋で出会った
外国人店員のことを思い出していた。
並んでいた僕らは
きっとみんな文句を言いたかった。
でも、店長の熱量に圧倒されてしまい、
黙って並んで待つしかなかった。
そして、ようやく僕が
前から3番目ぐらいの順になった時、
レジ対応のスピードがさらに遅くなった。
明らかにわかるくらいに。
気になってレジの方を見ると、
何枚もの振込用紙を握りしめた客の前で、
兄ちゃんが慌てていた。
「あぁ…、
よりによってこんな時に
あのタイプの客かよ…」
きっと、誰でも一度くらいは
出会ったことがあるだろう。
コンビニでたくさんの振込用紙を
処理しようとする客。
店がサービスとして提供している以上、
文句は言えないけれど、店員側からしても
あれほど手間がかかる作業はない。
結果、かなりの時間
レジが占有されてしまうので、学術的には
「オジャーマンの一種」と言ってもいいだろう。
そして、なぜかそういう客に限って、
小銭を探しながら全部現金で払ったり、
ついでにフランクフルトまで注文したり、
まったく空気を読むことなく
余計に時間がかかることをするのだ。
この時の客がまさにそのタイプで、
次々飛んでくるオーダーに振り回され、
レジの兄ちゃんはもう、気を失いそうだった。
でも、店長は動かなかった。
振込用紙をちぎっているうちに
フランクフルトぐらいは手伝ってやっても
良さそうなものだけど、
店長は黙ってジッと見守り続けた。
ここまで来たら、
むしろあっぱれだなと思った。
部下が聞くまでは手も口も出さない。
まさにマネージャーの鑑だ。
そこから約5分後、
ようやく僕の順番が回ってきた。
兄ちゃんが飲み物をスキャンして、
僕が電子マネーでチャリーン。
会計はわずか10秒で終わった。
なんだか、とてもむなしかった。
結局、その店に15分以上はいたのかな。
自動ドアの扉を出た瞬間、
独特の緊張ムードから解き放たれ、
外界の空気が懐かしく感じた。
その後、あの兄ちゃんが無事に
研修を終えられたのかどうかはわからない。
顔も忘れてしまった。
ただ、店長の我慢の姿だけは、
今でも鮮明に脳裏に焼きついている。
我慢とは「耐える」ことか、
「抑える」ことか。
いや、どちらも少し違うな。
「期待して、じっと待つ」こと。
店長を見た今の僕は、そう思う。





