No.1191〜1194 いざ、沖縄八重山諸島へ(石垣島〜竹富島〜小浜島)

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●今日のおはなし No.1191●

先週、夏休みを利用して
沖縄(八重山諸島)へ行って来た。

予定していたルートは、
石垣島→竹富島→与那国島→小浜島を
5日で巡るというもの。

でも、途中「大型で非常に強い」台風13号の直撃を受け、
飛行機で移動するはずだった与那国島行きはキャンセル。
3日目はホテルに缶詰状態だった。

風速59.1mというワケのわからない暴風雨を経験したのは、
もちろん生まれて初めて。
停電したかと思ったら断水状態になり、
一晩とはいえ、なかなかハードな夜を過ごした。

島で台風を経験して強く感じたのは、
「やっぱ日本って東京中心なのね」ってこと。
こちら(八重山諸島)にとっては、
あれだけ大きな台風が直撃するということはエライことなのに、
全国ニュースではあまり取り上げられなかった。
米国のカトリーナや、本土に影響が出るであろう台風14号のニュースばかりで。

今回の台風で、島の貴重な収入源である
さとうきびが1億円以上の被害を受けているのに、
笑ってスポーツニュースを伝えるニュースキャスター。
これには、観光者の身分でありながら、
「くっそー」と憤りを覚えたなー。

だけど、台風の襲来を受けたことで一つだけ良いことがあって、
久しぶりに“ゼロの自分”に戻れたのね。

外には出れない。
テレビもなければ食い物もないという状況の中で、
やることと言えば、ぼーっと空想するだけ。
最初は「退屈だなー」と思ったけど、
おかげで、胸の中にたまっていたものもなくなった。

こんなこともあろうかと、持っていっていた
携帯ラジオの電源をつければ、
雑音にまぎれて昭和の歌謡曲が。
音しか楽しみのない空間で聴いたその歌声は、
なんと味わい深いものだったか。
これは、なかなか筆舌につくしがたい感動があった。

おまけに、本をたくさん読むことができたおかげで
沖縄の文化や歴史、風土についていっぱい勉強できたから、
今回は観光旅行ではない、深みのある旅ができたと思う。
神様がくれた休日とは、こういうことを言うんだろーなー。

1度かりたてられた知識欲が、急におさまるわけもなく、
暴風圏内を過ぎた翌朝も、島へのフェリーが出るまでの間、
石垣島の市立図書館へ行って本を読みまくった。

海や空ではなく、音楽、産業、戦争、魂。
「そうそう、僕はこういう沖縄にひかれていたんだった」、
たまたまやって来た台風のおかげで、
忘れかけていた想いを取り戻せたのは
僕にとって今回の旅で一番の土産だ。

と、ここまで前ふりをしておいてから、
明日から徐々に旅のことを書いて行こうと思う。

台風14号が接近しているので、みんな気をつけて。
でも、ずっと天気図を見つめるだけじゃなく、
電気を消して、目を閉じて、自分の心も見つめる機会にしてほしいなぁ。

 

●今日のおはなし No.1192●

沖縄旅行2日目。

石垣島から高速船でわずか10分程度の場所にある
竹富島(たけとみじま)に足を運んだ。

実はこの島、以前からどぉしても行きたくて、
たまに夢にまで見ていた。
「数ある島の中で、なぜ竹富島?」と
疑問に思う人もいるかもしれないけれど、
簡単にいえば、限りなく沖縄らしい沖縄が
今もまだ残っている場所だからだ。

東経124度、北緯24度、
年間平均気温24度、年間平均降水量2400mm、…etc.。
不思議と「24」づくしの竹富島は、国から
全国で24番目となる「重要伝統的建造物群保存地区」に指定された島。

自転車があれば小一時間で一周できてしまうぐらい小さな島なんだけど、
「売らない・汚さない・乱さない・壊さない・生かす」の5原則が
「竹富島憲章」なるもので定められていて、
今では沖縄でも珍しくなった赤瓦の住居と、
白い砂の道に囲まれたのどかな街並みが、大切に保存されている。

島に着いて白い砂の道を歩くと、
シャリ、シャリと心地よい音がした。
ゴミなんて一切落ちていない。
聞けば、島の人が毎朝掃き掃除をしているからだとか。

観光客を迎え入れるためではなく、
竹富島では、だれもが小さな頃に親から
「自分たちを生かしてくださっている地に、
感謝の気持ちをこめて掃き清めなさい」と教えられるのだそうだ。

人に感謝はしても、
土地に感謝をするなんて気持ちは、
本土で生まれ育った僕には一切無かったなぁ。
たまに煙草を地面で踏み消してしまう自分を少し恥じた。

島のアイドルである“水牛”がひく車に乗って、
小さな街をのんびりと見学。
水牛の歩く速さは本当に遅い。
でも、「ことこと」と車輪をひく遅さが妙に心地よかった。

水牛が道順をすべて覚えているのに驚いたり、
車の内輪差を考えて角を曲がるのに感心したり、
いきなりオシッコをしだすのを見て笑ったり。
腕時計をしているのがばからしくなった。
ここには、時間よりも大切なものがあるのだ。

空へ続く道のようにまっすぐに伸びた桟橋。
時間ごとにその色を変える海。
言うまでもなく、竹富島の自然は美しかった。
でも、もっと美しかったものがある。
島の伝統工芸品「ミンサー」だ。

ミンサーとは、八重山をはじめ、
沖縄各地の島々で代々織り継がれた手織の木綿帯で、
土地によって少しずつ模様が違う。
竹富島のミンサーは、

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といった具合に、5つと4つの柄が交互に描かれている。

なぜ5つと4つなのか。
それは昔、島の女性が婚約者の男性に向けて
「いつ(五)の世(四)までも末永く」という想いをこめて
帯を織ったからだそうだ。
ちなみに、両端にはムカデのような柄があるんだけど、
それは「足繁く通ってきてね」という想いがこめられているらしい。

女性が愛情をこめて織った帯が、
何年も何年も、今もまだ受け継がれているという事実。
それを知ったとき、なんとなく
ミンサーの美しさの理由がわかった気がした。
見た目じゃない、心なんだな。

心といえば、島の心を語るうえで欠かせない
「うつぐみ」という言葉を知った。

500年前に存在した島の偉人の遺訓である
「かしくさや うつぐみどぅまさる」という言葉からきているそうで、
「みんなで協力することこそ優れて賢いことだ」
「協同一致の力は、一人の智恵に勝る」という意味らしい。

少ない人口でともに暮らす島だからこそ生まれた、
一致協力の心。
コミュニティっていうような人為的なものじゃない。
島のみんなは場所じゃなく、心でつながっているんだね。

小さい頃に転校をしたり、
18歳で一人暮らしを始めて住居を転々としたせいか、
思えば、どこに住んでいても、
そこが自分がずっといるべき土地のようで、
そうでないような気がしていた。

僕が島へひかれるのは、
心のつながりがほしかったからなのかもね。
自分について、少し勉強になった。

 

●今日のおはなし No.1193●

沖縄旅行4日目。

台風で発生した高波がおさまったのを見計らって、
石垣島から高速船で「小浜島(こはまじま)」に行った。

宮古島や石垣島に比べたら、マイナーな島かもしれないけれど、
うーん、そうそう、
数年前にNHKの朝ドラ「ちゅらさん」の舞台になった島だ。
(僕は「ちゅらさん」を観てなかったから知らないけど、そうらしい)

竹富島については事前知識が結構あったんだけど、
小浜島に関してはあまり知らなくて、
港に着いた時は、未知の島に上陸した気分でドキドキした。

とりあえず、島の全容を知るために、
港近くの「小浜総合案内所」(どう見ても普通の家なんだけど)で
50ccのスクーターをレンタル。
案内所でもらった手描きの地図だけをたよりに、
ゆっくりと島を巡ることにした。

さとうぎび畑に囲まれた道を走るたびに、
どんどん広がってくる緑、緑、緑。
その風景は、結構意外なものだった。
空や海の印象が強いせいか、
なんとなく沖縄の色って「ブルー」のイメージがあったからだ。

しかし、目に飛びこんでくるのは、
海のそばの牧草地で寝転がる牛に、放し飼いの馬とヤギ。
「この島は沖縄の北海道だなぁ」
一瞬、自分が八重山諸島にいることを忘れてしまった。

バイクでぶらぶら走っていると、突然目の前に海が開けて、
その向こうに富士山のようなデカイ影が見えた。
地図を見て、ようやくそれがお隣の西表島(いりおもてじま)で
あることが分かったんだけど、その存在感は朝青龍並み。
小浜島との間には、ヨナラ水道という「マンタ」の通り道があって、
少しだけ距離は離れているんだけど、しばしその迫力に圧倒された。

西表島を見たこともあってか、
しばらく小浜島を回って分かってきたんだけど、
この島は本当に素朴で、優しい。
うん、そうそう、「優しい」という言葉がよく似合う。

特に観光スポットがあるわけでもなく、
いかにもリゾートチックな景色が広がっているわけでもないんだけど、
静かで心地よい風が吹き、何も主張しない美しさがある素朴な島なのだ。

島の伝統工芸品に「藍染め」があるんだけど、
僕らがそれを手に入れるのは結構難しいらしい。
なぜなら、島の女性は観光客向けではなく、
家族や自分たちのために藍染めをするから。

その藍染めも、随分高齢化が進んでいるそうだけど、
年に一度、おばちゃん(おばあちゃん?)たちが
それぞれに自慢の「オリジナル藍染め衣装」を持ち寄って、
ファッションショーのようなものが催されるのだとか。
「私はこんなの作ったのー」「見てみて!私は…」
想像するだけで微笑ましいけれど、島には島の幸せがあるんだね。

翌日、港から高速船で出航するとき、
ものすごく島を離れるのが寂しかった。
こんな気持ちは、10年前に久高島を訪れた時以来だけど、
なぜだろう、まるで恋人を残して去るかのように
ものすごく辛かった。

船が徐々に港から離れ、
だんだんと小さくなっていく島の景色。
僕はただ、コーラルブルーの海の上にできた
島とフェリーをつなぐ真っ白な道を、ずっと眺めていた。

と、隣を見ると、日焼けで真っ黒な顔をしたおじさんが
同じように島を眺めていた。
理由は知らないけれど、せつなそうに、いつまでも。

たぶん、小浜島か石垣島か、どちらかの人だと思う。
でも、そんな地元の人がじっと島を見つめているのが
僕には少し意外だった。
観光客ならまだしも、地元の人にとってフェリーで島を移動することなど、
日常茶飯事のことだと思っていたから。

でも、たぶん違うんだなってわかった。
地元の人だって、覚悟はしてるんだ。
何が起きるかわからない人生の中で、海を渡って一度島を離れる以上、
次に帰ることができる保証なんてないことを。

勝手な推測かもしれないけれど、
だから、島で暮らしている人は笑顔なんだと思う。
その地にいることを、感謝できるんだと思う。

おじさんがポケットからくしゃくしゃになった煙草を取り出し、
100円ライターで火をつけた瞬間、
白い煙がさーっと潮風に乗って儚く消えた。
まるでその儚さをかみしめるように、何度も何度も、
ゆっくりと煙草を吹かすおじさん。

今もまだ、あの横顔が忘れられない。

 

●今日のおはなし No.1194●

今回、沖縄に行っていろんなことが勉強になったけど、
一つ、改めて感じたことは、
暗い過去があったからこそ華やかな琉球文化が栄えたということ。

島津氏が琉球に攻め入り、
島々が薩摩藩の支配下におかれた17世紀。
侵略によって財政が窮乏した琉球王朝は、
宮古や八重山の住民に「人頭税」という重税を課した。

「人頭税」とは、年齢や能力、貧富の差にかかわらず、
人民一人に同じだけの税を負担させるもの。
身長が143cmを超えた住民は、一人残らず
税を納めるよう義務づけられたのだ。

今回、台風で行けなかったけど、
与那国島には「久部良(くぶら)バリ」という場所があって、
その昔、人頭税に苦しんだ住民が人を減らすため、
妊娠した女性に高さ15mほどある崖の割れ目を飛び越えさせ、
流産させたり、転落死させていた。

人頭税がどれだけ過酷な税か、
今の僕たちでは想像がつかないかもしれないけれど、
この話を聞けばその悲惨さがわかると思う。

人頭税は、男には粟などの農作物、
女には上布を納めることを義務づけた。
沖縄の織物はこうして発展していったのだ。

いまでは有名になった琉球ガラスも、
それが発展した背景には戦争という影がある。

沖縄でガラスが作られはじめたのは明治の頃。
当時はランプや薬のビンなどが作られていたらしい。
しかし、第二次世界大戦で沖縄は焼け野原に…。
その中で、駐留米軍人が持ちこんだ清涼飲料水やビールなどの
空きビンを利用して作り始めた色鮮やかな工芸品が、今の琉球ガラスだ。

沖縄の海が美しいのは、
日本で唯一の地上戦が繰り広げられた時、
何人もの人々が海に身を投げたから。

「観光客なら、何も知らずにリゾートを楽しめばいい」。
たしかにそれも一意見だと思うけど、
僕はやっぱりそれは違うと思ってしまう。

小浜島にいる時、いかにも観光客のカップルという2人が
沖縄でいう神様が降り立つ場所とされる「御嶽(うたき)」に土足で入って、
キャッキャッと写真を撮っていた。
地元の人々でさえ、聖地として踏み入らないようにしている大切な場所で。

知らないことは罪ではないかもしれない。
だから僕は、そのカップルをボロクソに言うつもりはないし、
僕も所詮、まだまだ不勉強な観光客だ。

でも、なるべく知っておいたほうがいいと思う。
そのほうが、本当の美しさが見えるから。

これからどこかへ旅立つ人へ。
観光のガイドブックよりも、歴史の本をおすすめします。