No.2288 家族を背負った男同士の約束
うちの近所のパパさん仲間(4人)は
みんなだいたい出勤時刻が同じで、
ある時間になると一斉に自転車で家を出る。
そして、だいたいみんな
深夜の終電近くに帰宅する。
きっとお互いがお互いのことを
「どの業界も大変なんだなぁ」と思っていただろう。
「自分以外にも頑張って働いている人が近所にいる」
ということが、どこか気休めにもなっていた。
ところが、去年の秋のこと。
突然、4人のうちの1人の姿を見かけなくなった。
数日後、そのご主人が
どうやら会社を辞めたということが
近所の噂で伝わってきた。
教育関係のシステム会社で働いていた
転勤族のそのご主人。
僕より年齢は上なのに、平日は夜も遅く、
土日もたびたび出勤している姿をよく見かけた。
お子さん2人がうちの子の年齢と近いので、
「生活はどうするんだろう…」と余計な心配が頭をよぎったけれど、
それ以上に色んな面で同情した。
この時代、働くパパは大変なのである。
退職後、休日に顔を合わせても、
仕事の話は一切触れなかった。
今日、直行だったので朝遅めに家を出た時、
久しぶりにそのご主人がスーツを着て
家を出るのを見かけた。
「仕事見つかったんだ。良かったな」
僕も無職を経験しているから、
男が職を失った時の不甲斐なさや辛さ、
人目の怖さは痛いほど分かる。
ご主人も、きっとこの半年ぐらいはしんどかっただろうけど、
新しい仕事に向かう姿を見てなんとなくホッとした。
今日の直行先は梅田。
世間の会社はとっくに始業している時間なので、
電車も駅も空いていた。
ビルに到着したらまだ時間があったので、
喫煙コーナーが併設されている自販機のあたりで
一服しようかと、ビルの地下へ足を進めた。
すると、そこになんだか見慣れた人が…。
スーツを着たご主人だった。
ご主人はどこに行くでもなく、
ずっとそこでタバコを吸っていた。
僕に気づくこともなく、遠くを見ながら。
何かを察した僕は、
すぐにその場を立ち去った。
男には、背負わなければいけないものがある。
だからこそ、言えない気持ちがある。
僕は今日見たことを、
嫁にも近所の人にも言わないだろう。
言葉はなくとも、
男同士にしか分からない約束ごとが
そこにあるから。