No.5254〜56 sunny-yellowメンバーとの出逢い秘話
No.5254
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member.6
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あれは今から20年数年ほど前、
初めて転職した時のことだった。
新しい会社に入社して
しばらく経ったある日、
大阪・中之島にある国際会議場まで
取材へ出かけることになった。
なんでも、年に1度、
メインクライアント企業が開催する
大規模な展示会があるそうで、
入ったばかりの僕がクライアントを勉強するには
ちょうどいいだろう、ということで。
制作する記事には
展示ブースの撮影も必要なので、
転職したてのその会社が
「普段からよくお願いしている」という
カメラマンも来ることになった。
当日、
僕は少し早めに会場の前に到着して、
先輩から言われたとおり、
カメラマンを待っていた。
「女性のカメラマンって初めてなんだけど、
どんな人なんだろう…?」
前職時代は、わりとゴツい感じの
男性カメラマンとしか組んだことがなかったので、
女性のカメラマンと仕事をするのは初めて。
撮影内容も、カットを決めて撮る広告とは違い、
イベント会場を歩きながらの撮影ということで、
初めてのことだらけで少しドキドキしていた。
と、その時、後ろから声がした。
「こんにちは! Hさん、ですか?」
声の方を振り向くと、
小柄な女性が笑顔で立っていた。
「あ…、はい。Hです」
「はじめまして!
よろしくお願いします!」
ビジネスショーの雰囲気に合わせた
白い七分袖のジャケット、
小柄な体型と細腕には似合わない
大きめの機材バッグ。
僕より2つぐらい年上と聞いていたけど、
一見して「カッコいいお姉さんだな~」と思った。
展示会は思っていたよりも大規模なもので、
未来館のあるブースがたくさん出展されていた。
初めて体験する雰囲気に
「へぇ~、すげーな~」と圧倒されていると、
女性カメラマンがすぐに提案してくれた。
「じゃあ、とりあえずあのあたりを
何枚かおさえておきますね!」
そこからの彼女の動きは、
とても機敏で丁寧だった。
画角を決め、人の流れを気にしつつ、
シャッターを切る。
撮るだけじゃなく、
ブースの説明員への愛想や、
僕や代理店のお客さんへの
写真確認も忘れない。
「あぁ、これはいいカメラマンさんと巡り会えたな」
彼女は一瞬で、
僕のお気に入りになった。
大企業の社長のポスター撮影、
有名野球選手の取材、
フォトコンテストの審査員…etc.
そこから僕は、
大事な案件が入ってくるたびに
彼女に仕事をお願いした、
単にお気に入りだったからではなく、
仕事として、それがベストだと思ったから。
クライアントなんて素人だから、
正直、写真の善し悪しなんて分かりはしない。
でも、撮影の最中の表情や
立ち居振る舞いはよく見える。
その点、機転や気配りにあふれた
彼女の仕事ぶりは、
パートナーとして何より安心できた。
実際、クライアントからの評価は抜群だった。
出身地も星座も同じで、
ほぼ同世代。
何より、とても優しくて
楽しい性格ということもあり、
僕たちがプライベートでも仲良くなるのに
そう時間はかからなかった。
その後、僕が会社を変わって以降も
やりとりは続き、20年以上経った今でも
sunny-yellowメンバーとして
こうして毎日のおはなしを見てくれている。
仕事の縁が
こうして長く続いていくなんて、
不思議なものだね。
普段の貴方のキャラも好きだけど、
撮影者としてのスイッチが入った時、
ファインダーを覗く真剣な横顔が
何より好きだったなぁ。
どこかでまた一緒に仕事ができたなら、
あの横顔を、今度は僕が撮影してあげたいと思う。
その時まで、これからも仲良くしてね。
人がいて、出逢いがあって、友がいる。
僕は仕事も変わり、
貴方もフリーのカメラマンになったけど、
言葉があれば大丈夫。
毎日のように仕事をしていたあの日のように、
これからもsunny-yellowで会おう。
Thanks. みりんこさん
No.5255
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member.7
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大阪で暮らし始めて2年目、
堺でバーテンダーとして働いていた頃。
仲が良かったバイト仲間の先輩と一緒に、
「草サッカーチーム」を作った。
ホールやキッチンにかかわらず、
店の中でサッカーが好きなメンバーが
それぞれ何人か仲間を誘ってくるような形で。
僕もローリングズコーンズさんをはじめ
大学の仲間を誘い、
ずっと堺で育ってきた先輩も
地元の中学からの仲間をたくさん連れてきた。
初めての練習場所は、大仙公園。
仁徳天皇陵がそばにある
堺のランドマークのような公園の広場に、
寄せ集め集団のようなメンバーが集結した。
先輩が呼んできた地元の兄さんたちが多く、
初めて会う人がほとんどだったけど、
さすがは大阪民というか、
みんなオモロそうな人が多くてね。
一緒に練習をしながら、すぐに仲良くなった。
その中でも、特にオモロイ人がいて。
サッカーは初めてっぽい感じだったけど、
いいプレーをするたびに
「オリジナルのカズダンス?」を披露してくれたり、
とにかく笑いでムードを高めるのが上手かった。
「あー、この人、絶対オモロイやん。
漫才とかやったら上手そうやな~」
以後、その人は
僕のお気に入りの兄さんになり、
兄さんも僕の才能をよく褒めてくれて、
バイトの先輩抜きにして
二人で会うほど仲良くなった。
年齢は1つしか違わないのに
とにかく頭の回転が速く、
いつも落ち着いているので、
僕は何かあれば
“頼れるオモロイ兄貴”によく相談していた。
それから何年かして社会人になり、
僕が結婚することになった時のこと
披露宴では恒例とも言える
「友人の出し物」のコーナーがあった。
当然、高校からの旧友には
真っ先にスピーチをお願いしたけど、
それとは別に、
どうしてもオモロ兄さんにも出てほしくて。
幸い、ローリングズコーンズさんと兄さんは
すでにチームメイトで顔見知りだったので、
「ローリングたちと一緒に
なんかやってください!」とお願いした。
そこから先は、僕には
当日まで知らされていなかったけど、
どうやらローリングズコーンズさんが
テントショップボーイさんを招集したのかな。
いつのまにネタ合わせをしたのか、
「オモロ兄さん&テントさん」という
奇跡の漫才コンビが誕生。
披露宴では、
テントさんのシュールなボケに
兄さんが絶妙な間合いでツッコむスタイルで、
参列者を爆笑の渦に巻き込んだ。
あまりにウケていたから
主役の僕としてはちょっと悔しかったけど、
「くっそ~、さすがやな~!!」と拍手を送った。
おそらく当日の披露宴に出席していた人なら、
あの時の漫才は記憶に残っているだろう。
よくわからないけど、親族席に座っていた
うちの親父までその漫才を見て
「ええツレができたな!
アイツ(=僕)を大阪に行かせて良かったな!」
と大絶賛していたらしい。
あれから何年経つのかなぁ。
兄さんとは今でもたまに飲む関係ではあるけれど、
もっと昔みたいに二人でバカ話がしたいな。
なんなら、ローリングさんやテントさんも呼んで。
最近は走る方が忙しいみたいだけど、
たまにはサッカーにも顔を出してね。
本家に負けない50代のカズダンス、待ってます。
人がいて、出逢いがあって、友がいる
お互い初老になっても、言葉があれば大丈夫。
あの日のように横綱ラーメンでーーー、
もとい、sunny-yellowで会おう。
Thanks. ベルさん
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member.8
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社会人1年目。
コピーライターとして新卒で入社したものの、
右も左もわからない1年生だったので、
秋までの約半年間は
他の同期と一緒に営業研修を受けていた。
とは言え、
何もできない僕たち新人に
いきなり案件が与えられるわけなどなく、
毎日ひたすら新規の広告営業電話ばかり。
100件電話をかけて
数件ぐらいは話を聞いてもらえたものの、
ほとんどはガチャ切り…。
新規でアポイントを取るのは
思った以上に難しかった。
僕たち新人は元気さが取り柄だったものの、
連敗続きの毎日に、さすがに同期の間でも
ため息が漏れ始めていた。
「はぁ、もう俺、萎えそうやわ…」
「俺ら、いつになったら外に出られるんやろ…」
そんな時、ずっとオフィスにいる
僕たちの耳にいつも聞こえてきたのは、
先輩たちの受注報告だった。
事務所フロアには、営業成績が書かれた
大きなホワイトボードがいくつも並んでいて、
誰かが受注すると、庶務さんがボードの前で
受注内容と担当営業の名前を発表。
それを聞いてみんなで拍手する、
というのが決まりになっていたのだ。
社会の壁にぶち当たっていた僕ら新人にとって、
受注コールで呼ばれる先輩たちは
まさに憧れの存在だった。
よく名前を呼ばれている先輩もいれば
そうでない先輩もいたけれど、
その中に、毎日のように名前を呼ばれている
女性の先輩がいて。
入社3年目、スーツ姿で出かけて
いつも飄々と仕事を取ってくる姿に、
正直僕たちは見とれていた。
「おいおい、あの先輩、また受注してるで」
「すげぇ~、カッコいい~!」
僕たちの会社は、若手が主軸の会社だった。
入社4年目の先輩は、
K.S兄さんをはじめ
実力も個性もズバ抜けた人が多く、
僕らからすれば雲の上の存在だった。
それに比べると、
入社3年目の先輩たちはまだ話しかけやすくて、
いつも受注していたその女性の先輩とも
みんなすぐに仲良くなった。
秋になり、営業研修も終わって
正式配属になって以降、
僕はTシャツ&ジーンズ姿で
クリエイティブの部署で勤務していた。
憧れていたその女の先輩とも、
営業とコピーライターとして
一緒に仕事をすることが増え、
なんだか一人前になったようでうれしかった。
ただ、会社の業績に比例して
仕事はどんどん増えていき、
若くて活気ある雰囲気が特徴だった職場も
少しずつひずみが生まれ始めて。
僕の同期も、一人、また一人と会社を辞め、
他の部署でも退職が目立つようになった。
暗黙の了解であまり口には出さなかったけど、
あの頃、みんな何かに疲弊していた。
それから、1年ほど経った頃だったかな。
日曜の午後、
「ああ、また明日から仕事か…」と
サザエさん症候群ぎみになっていたら、
ケータイに見慣れぬ着信があった。
女の先輩からだった。
「もしもし、どうしたんですか?急に」
「今、何してるん?」
「特に何も。家でボーッとしてます」
「そうなんや。
今から、遊びに行っていい?」
「え?」
その先輩から電話がかかってくること自体が
珍しかったので、突然の依頼にはビックリしたけど、
特に用事もなかったのでOKと返事をした。
僕と同じく、その先輩も近くで
一人暮らしをしていたので、電話があった後、
わりとすぐに僕の部屋にやってきた。
いつものスーツ姿ではなく、
見慣れぬ私服姿で。
「いらっしゃいませ。急にどうしたんですか?」
「んー、別にー。おじゃましまーす」
部屋に上がった後も、
先輩は多くを話さなかった。
「何かあったのかな…?」と思って
色々聞いてみたけど、
「うーん、わかんない」という感じで
理由は教えてもらえず。
しばらくの間、
なんだか不思議な時間が流れた、
「暑いですか? 窓開けますわ」
窓を開けると、
秋の空に月がふわっと浮かんでいた。
「きれいやね~」
「ホントですね~」
僕たちは何をすることもなく、
ただ月夜を眺めてぼーっとした。
内心、聞きたいことはたくさんあったけど、
「こうして何もしないことが正解なんだろうな」と思った。
翌日。
会社で見た先輩は
いつものとおりスーツ姿でバリバリ働いていた。
まるで、何もなかったかのように。
その姿を見るたび、
「昨日のあれはなんやったんやろ?」と思ったけど、
その後、僕の部屋に来た理由を聞いても
「わからーん、もう忘れた~」と
まともに答えてもらえなかった。
でも、どこか絆は深まった感じがして、
先輩と後輩というカタい感じではなく、
いつのまにか普通に話せる友だちになった。
それから結婚や出産があったから、
10年ぐらいは会わなかったんだけど、
sunny-yellow対談で久しぶりに再会。
実はその対談でもう一回聞いたんだけどね。
「あの時、なんで来たの?」って。
やっぱり教えてくれなかったけど。
その先輩は今でもバリバリスーツ姿で働いていて、
僕も今はスーツ姿で働くようになった。
働く会社は違えど、
たまたま同じ職種になったので、
お互いによく仕事の情報交換もしている。
社会人1年目の時のように
もう憧れの存在ではないけれど、
同じ仕事で切磋琢磨するこの関係も悪くないね。
そうそう、ちょうど今夜
貴方の同期の先輩と20年ぶりに会うから、
2人とも元気にやってると伝えておくよ。
そっか20年以上か。
いつのまにか長い付き合いになったし、
あの時の理由は、なんとなくわかっているつもり。
でも、いつかちゃんと直接聞かせてね。
人がいて、出逢いがあって、友がいる
うまく気持ちが上がらない時があっても、
言葉があれば大丈夫。
あの日のようにsunny-yellowで会おう。
Thanks. MYCAL小久保さん





