No.1388 「父」という名のレフリー 〜立てぇ、立つんじゃぁ嫁! 〜

  「ワぁーン、ツぅー、スリぃー、…」

一昨日の夜、
僕は小さなリングの上でノックダウンした2人の間に立ち、
指折りカウントを数えていた。

母乳を飲んでそのまま意識を失った息子と、
育児の疲れから母乳をあげてすぐ眠ってしまった嫁。

2人同時にダウンされたのははじめてだったので、
僕はボクシングのレフリーのように、
両者が寝ている2つの部屋を行き来しながら
どちらかが起きあがるのを待っていたのだ。

汗もかいたので、風呂に入りたかったけど、
「嫁が別室で寝ている間に息子が泣き出したら…」と思うとそれもできず、
かと言って、疲れている嫁をたたき起こすほどの勇気もない。
さて、どうしよう…。

1万カウントぐらい数えただろうか。
1時間が経ち、2時間が経ち、それでもまだ起きない両者。

時々息子の方が「ふぁぎゃ」と寝言を言ったけど、
単にお気に入りの体勢(手枕)になりたかっただけのようで、
いっこうに目覚める気配もない。

 「よーし、イチかバチかだ…」

待ちきれなくなった僕は、2人を寝かしたまま、
マッハでシャワーを浴びることに。

まるでプールの後のシャワー並みに短時間で体を流し、
体をぬぐって部屋に戻ると、息子はぐっすりと眠っていた。
別室の嫁も、同じようにぐっすりと。

きっと、その時点でカウントは2万を超えていたと思う。
しかし、それ以上両者をノックダウンさせておくことはできなかった。
なぜなら、僕が起きていて、息子が寝ている間に、
嫁を風呂に入れなくてはいけなかったから。

息子が起きたとして、僕から母乳が出るなら
嫁をそのまま寝かしてやってもいいが、
残念ながら、僕の胸からは汗しかでない。
息子が泣き出した時に、汗ではなく母乳を飲ませるためにも、
嫁を早く風呂に入れておく必要があったのだ。

そして次の瞬間、僕は試合終了を告げるために、
頭をふいていた白いタオルを嫁の顔に放り投げた。

      「…ん? んんん…」

寝ぼけながら目を開きだす嫁。
すまん、俺を恨むな。
女だけに乳を与えた神様が悪いのだ。

嫁が風呂に入っている間、
僕はあいかわらず気を失っている息子の隣で
じっと寝顔を眺めていた。

  …。たぶん、コイツは打たれた後のボクサーのように、
  今日行われた試合について何も記憶がないだろう。
  でも、いつかこの壮絶な試合について話してやるからな…

そうしている間に、
風呂からあがった嫁が、頭に青いタオルを巻いて登場。
まさにその瞬間、何かを察知したかのように息子が泣き始めた。

   「うぇ、ふぇ、ふぇぇえぇん! ふぇぇえぇん、」

伝説の一戦から息をつく暇もなく、
深夜の第2試合が始まった。

両者がダウンする前に僕がダウンしてしまったので、
勝負の行方はまったく知らない。