No.607 英語の辞書に書かれた言葉

大学生の頃、
眠気を誘う午後の教室で、
英語の授業を受けていた。

  I have to go…,but you make it…

教授に当てられた誰かが、
お経のように英文を読み上げる。

それはまるで催眠術のようで、
眠気は深く深く、まぶたは重く重くなっていくのだ。

隣に座っていた友達の女のコ(通称:とら)に、
焦点の合わない目を見せて「眠いよ~」とサインを送る。

とらは、まるで意地悪な親猫のような風貌をしたヤツで、
色気も何もないけれど、退屈した時には
必ずわがままな僕の相手をしてくれるのだ。

すると、とらが僕の英語の辞書をすっと自分の机の上に持っていき、
表紙裏の白いページに、何やら英語で書き始めた。

授業に退屈していた僕は、
どんな面白い落書きがかえってくるのか、ちょっとドキドキ。
3分ぐらい経った後、辞書が返ってきた。

どれどれ…と表紙をめくると、
そこには英語で書かれたこんなお話が。
(英語忘れたから和訳で)

  あなたのお母さんは、きっと“泥棒”に違いない。

  だって、あなたが生まれた時に夜空から“星”を盗んで、

  あなたのその目に入れちゃったんだから。

おっ~とビックリして隣を見ると、
とらはすでに爆睡していた。よだれをたれながら。
…クスッ、かわいくないけどかわいいヤツめ。

随分経った今でも、鮮明に覚えてる。あの瞬間は。
うまくは言えないけど、友達っていいなと思った。
「こんな気持ちのまま、時間よ止まれ」と思った。

小さなぬくもりが、僕はとにかく大好き。
プレゼントするのも、されるのも。

とらのように、
誰かの人生の思い出に残る言葉を、
僕はプレゼントできているかなぁ。

できていたら、うれしい。
できる人になりたいな。

辞書を見るたび、あの日のハ-トを思いだす。