No.657&658 沖縄 桜坂Bar「エロス」
●今日のおはなし No.657●
戦後、廃虚から見事に復興し、
「奇跡の1マイル」と呼ばれた沖縄県那覇市・国際通り。
今では観光ショップをはじめ、雑貨屋、ブティックなどが
立ち並ぶその通りを少し外れたところに、
「桜坂」という場所がある。
(※福山雅治の歌とは全く無関係)
国際通りが現在ほど栄える前まで、那覇市の夜の中心だった街。
いわゆる「夜の繁華街」だ。
笠置シヅ子の曲が似合いそうな
レトロ感あふれるその通りは、
一見するとかなり怪しい。
最近じゃ、地元の玄人さんしか寄りつかない。
僕はその日、現地で知り合った
とある雑誌の編集長に誘われ、
「桜坂」に飲みに来ていた。
「このディープな街が大好きでしてね~。」
そう言いながら、編集長が行きつけのBarを案内してくれた。
日曜大工で建てられたような木の建物。
窓もなければメニュー表示も見当たらない。
ただあるのは、『エロス』と書かれたネオン看板だけ。
ふすまのようなドアを開けて中に入ると、
店の名前とはイメージの違う、
橙色のネオンに包まれた空間と優しそうなマスターが。
編集長がマスターを僕に紹介すると、マスターがにっこりと微笑んだ。
「どうも初めまして。ゴ○ザ○○平良です。」
丸い顔にひげをたくわえたマスターは、いかにもイイ人の雰囲気。
嬉しそうにジントニックを2つ作りながら、
レコードの曲を“青江美奈”から“山口百恵”のLPへチェンジした。
♪ ちょ~っと待って プレイバック! プレイバック!
『プレイバック part2』が流れる中で、とりあえず乾杯。
とてもディープな空間に、次第に少しハマってきた。
窓のない空間と、橙色のネオン照明に浮かぶマスターの笑顔、
そしてBGMで流れる懐メロが、なんだかとても心地よく感じた。
2杯目のカクテルを飲みほす頃、
編集長との会話のテーマは「人生」や「夢」について。
お互い、酒の開放感に任せて胸の内を熱く語っていると…、
? いつのまにかBGMが変わっているのに気づいた。
♪ I love you~ OK~
耳を傾けると、流れているのは“矢沢永吉”。
しゃがれた声のバラードが、夢を語る僕達を包んだ。
マスターの粋なはからいだ。
いつのまにかレコードをチェンジした素振りなど見せず、
マスターはずっと笑顔で、僕達の話を聞き入っていた。
…いいな~。この空間。ずっとココにいたい。
胸の中でそう酔いしれていた時、
初めて後ろで木の扉を開ける音がした。
●今日のおはなし No.658●
胸の中でそう酔いしれていた時、
初めて後ろで木の扉を開ける音がした。
「こんばんわ~、まだやってます?」
小さな扉をくぐり抜けて店に入ってきたのは、
なんと60歳近くの元気なおばちゃん。
「どうぞどうぞ、朝までやってますから。」
マスターがあたたかく迎えて、
おばちゃんを僕達のいるカウンターの席へと案内した。
「良かった~。今日ね、このお店に来るために
京都から飛行機で遊びに来たんですよ~。
夜遊びするために、ちゃんとお昼寝もしてきたし。ウフ♪
先月号のこの雑誌に、ココのお店載ってたでしょ」
おばちゃんが手にしている雑誌を見て、
僕と編集長はびっくり。
そう、その雑誌を創っている人こそ、
この編集長だったからだ。
おばちゃんは、何も知らず嬉しそうに語りだす。
「私、この雑誌の大ファンでね。
おかげでもぅ~沖縄病の中毒患者なの!
京都でもお友達と『沖縄病中毒患者の会』を作って、
みんなで年に4~5回はこちらに来るんですよ」
僕は思わず微笑みながら、
目で編集長に“どうします?”というサインを送った。
編集長は照れくさそうに“どうしましょう?”という目をした後、
思いきって名刺入れをカバンから取り出した。
おばちゃんの前のカウンターテーブルに、
小さな名刺が顔を出す。
「どうも初めまして(笑)。その雑誌を創ってる者です。
実はここのエロスさんの記事も、僕が書きました」
「…! !!! え!? え~!」
あまりの驚きで声も出ないおばちゃん。
そりゃそうだ。超・沖縄フリークのおばちゃんにとって、
編集長は“神様”のような存在だろうから。
更にテンションがあがったおばちゃんと、
編集長と僕、そしてマスターは、
とりあえず出逢いの記念に小さなカウンターで一緒に乾杯をした。
おばちゃんの話はもう止まらない。
沖縄は、自分にとって最後の楽園であること。
離島を訪れた時に親切に泊めて下さった人のこと。
民謡酒場での出来事、沖縄民謡の歌手の話まで。
笑。
気がつくといつのまにか、またBGMが変わっていた。
♪ は~なびら~の白い色は~ 恋人の色~
な~つかし~い白百合は~ 恋人の色~
まるで草原にいるかのような、
ベッツィ&クリスの『白い色は恋人の色』が僕らを包む。
マスターったら…もう、最高。
その夜、出身地や形は違えど、
とにかく沖縄を愛する4人は、
窓のないBarの小さなカウンターで素敵な時間を共に過ごした。