No.5099 イキリーマン vs カレー屋のママ

昨日の昼、
ランチスタメン入りしている
古びたカレー屋さんで飯を食っていた時のことだ。
 
その店は、僕を含めて常連客が多いんだけど、
昨日、いつものようにカレーを食べていたら、
見慣れない男性客が入ってきた。
 
 
 
  「すみません、すみませーん! 1名で」
 
 
 
年の頃は30代半ばぐらいだろうか。
 
小綺麗なビジネスカジュアルで
耳にはワイヤレスイヤフォン、
高そうなリュックを背負ったまま、
人さし指で大きく「1」を示す男。
 
直感的に、新種のイキリーマンの匂いがした。
 
サービス店舗には
その店の空気というものがあり、
このカレー屋で自分から人数を言う客など
ほとんどいない。
 
一人でも団体でもいいから
勝手に空いている席に座って、あとは自由。
 
ある人はテレビを眺めながら、
ある人は雑誌を読みながら、
出されたカレーを美味しく味わう。
 
そんな雰囲気の店だからこそ、
忙しく働くママさんを大きな声で呼んで
「1名で!」と主張する彼は、
入店時から少し浮いていた。
 
 
 
   「はいは~い、お待たせしました!
    カウンターへどうぞ~」
 
 
 
ママさんは50代後半ぐらい、
酸いも甘いもかみ分けた
百戦錬磨の大阪女という感じの人。
しいていうなら、研ナオコ似だ。
 
接客はいつも丁寧で、
コミュニケーション能力も高く、
おじさん客から話しかけられても
すぐに打ち返せる頭の回転の速さもある。
 
バカなふりはしているけれど、
ものすごく人間を見ているような
観察力と洞察力に長けた雰囲気を持つ人で、
僕は密かにリスペクトしていた。
 
 
その男性客が入ってきた時も、
ママさんは一瞬で彼の身なりや話し方をスキャンし、
どんなタイプの客なのかを把握した感じがした。
 
新種のイキリーマン vs 百戦錬磨のママ、
なんだか面白い対決になりそうな予感がした。
 
 
 
  「えーっと、じゃあ、このカレーに、
   これとこれ、トッピングできる?」
 
 
 
   「はいはい、かしこまりました。
    こちらのサラダはよろしいですか?」
 
 
 
  「それはいいから。
   あ、オレ、熱いのダメだから、
   少し冷ましておいてくれない?」
 
 
 
なかなか見応えのある言葉の応酬だった。
 
関東弁ということもあるのか、
男性客も想像以上のイキリっぷりで、
上から目線で次々とオーダーを出す感じには
久しぶりに強敵のオーラを感じた。
 
僕なら間違いなく、
 
「トッピングぅ?初めて来たなら、
 まずはこの店のスタンダードを食えや!」
 
「ルーを冷ますぅ?
 オマエが食べるのを遅らせたら済む話やろ!」
 
とキレてしまっていただろう。
しかし、そこはさすがにママさん。
 
自分の息子ぐらいの年齢の客に
上からモノを言われても少しも嫌な顔をせず、
すべて受け止めていた。
 
 
僕がリスペクトしている姿勢も察しているのか、
感性が高い者同士で通じ合う部分があるのか、
ママさんは前からなぜか僕にすごく優しい。
 
その男性客からのオーダーを聞き終えた後も、
少し苦笑いするような表情のママさんと目が合った。
僕はそのアイコンタクトで、すべてを悟った。
 
ママさんは確実に、
「変な坊ちゃん客ですけど、
 まぁ、楽しんで見て行ってくださいな~」と言っていたと思う。
 
 
僕たち常連客がテレビで
「徹子の部屋」をボーッと眺めている間、
その男性客はイヤフォンで音楽を聴きながら、
ノリノリでスマホを触っていた。
 
そして、出されたカレーを食べ終えると、
偉そうに「1万円しかないんですけど」と札を出し、
勘定を終えて出て行った。
 
 
 
 「うーん、これは面白いモノを見せてもらった。
  明日のおはなしにでも書こう」
 
 
 
僕がそんな余韻に浸っていると、
ママさんがニヤニヤしながら僕のところに来て
話しかけてきた。
 
 
 
   「コーヒー、無料ですけど
    ホットでいいですか?(笑)」
 
 
 
そう、この店は
メニューには書いてないけど、
コーヒーを無料でサービスてもらえるのだ。
 
さっきの男性客はそんなことも知らずに
颯爽と店を出て行ったけどね。
 
コーヒーを飲まずに出て行く彼を止めなかったのは、
ママさんなりのお仕置きだったのかも。
「もう来んでエエよ~」という暗黙のメッセージか。
 
 
ママさん、さすがだな。
 
そう思っていると、
ママさんが温かいコーヒーと一緒に
小さな紙袋を運んできた。
 
 
 
   「これ、1日遅いけどバレンタインです。
    良かったら食べてください♪」
 
 
 
 「え、ありがとうございまーす!」
 
 
 
あの男性客と僕、
支払った額はそう変わらないけど、
得たモノは大きく違う。
 
僕はなんとも言えない充実感を味わいながら、
また午後の仕事へと戻った。